2010年07月20日

百年の孤独ーG・ガルシア=マルケス

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さすがに今日は、昨日までの3日間の疲れを引きずって、ずいぶん長いこと眠っていた。荒れた部屋を整えて、急いでしなければいけない仕事に服のすそをひっぱられながらも、ここ数ヶ月読んでいた1冊の本を、終いまでついに読んだ。それは、時間の感覚も生き物の混沌と豊潤も、恐ろしく壮大でありながら細密な、残酷なまでに`生´を営む者すべてが背負う過酷な現実を、南国の甘い腐る寸前のフルーツの匂いで包んだ物語。G・ガルシア=マルケスの`百年の孤独´だ。

この本は、先日のパリ滞在の少し前から読み始めた。パリでのひとりの夜更けには、かならずこの本が傍らにあって、ラテンの奔放な空気の中に、さらなる色とりどりの絶望と喜びの映像を添えてくれた。ハードカバーの、持ち歩くにはかなり重たい本だったが、数ヶ月、とにかくいつも持ち歩いていたので、猫沢バンドのキーボーディスト坂くんが、パリにやってきたときに、百年の孤独を読んでいることがばれた。坂くんはこう言った。「身近な人で、ガルシア=マルケス読んでいる人、初めてみましたよ。実は僕もこの本に一度トライしたんですけど、途中からちょっと抱えきれなくなっちゃって、放置したままになってます。」それを聞いて、もっともだ、と素直に思った。南米の、むせ返るような熱気と、虫やバクテリアがとめどもなく沸き上がるような生の爆力に満ちたマルケスの話は、禅や静に司られた日本人とはまさに対局の感性であり、胸焼けして当然だと思ったからだ。

舞台は、南米の(おそらくガルシアの生地、コロンビア)とある低地の村・マコンド。その村の開拓者一族であるブエンディア家と、マコンドの栄枯盛衰100年の物語。この一家は、ウルスラ・イグアランという小柄で働き者の勤勉な母と、錬金術とこの世の成り立ちの解明に没頭する父、ホセ・アルカディオ・ブエンディアというふたりの祖と、その後生まれ出る多数の息子たち、アルカディオとアウレリャノ(やたらめったら、アウレリャノという同じ名前の息子たちが多いもので、何度も本の冒頭にあるブエンディア家の家系図を確かめる羽目になる)、そして神懸かり的なまでに強烈な個性をもった娘たちによって築かれ、そして朽ちてゆく。ウルスラとホセ・アルカディオが生まれた村を捨て、新天地マコンドに道を求めた理由は、狭い村の中で血が濃くなりすぎて、豚のしっぽを持ったいわゆる奇形の子供が生まれることを忌み嫌ったことからだった。しかし、物語の中には、己の血の匂いに惹かれるような近親相姦の愛や、または遠方の見知らぬ土地からやってきた、新鮮な遠い血の輝きに契りを結ぶ姿に代表される、人間が持つ、対になったすべての世界が、ことごとく、壮大なレンジとダイナミズムをもって描き尽くされる。あるときは妻と妾が、秩序と保守性に対しての生の喜びと繁栄の象徴として。あるときは平和と戦争が、怠惰とつまらなさに対しての革新と生を勝ち取る勇気・・・といった具合に、どちらもあって世界が成り立っていること、そしてそのどちらもが人間の性であることを、ファンタジーと見紛うばかりの力ある語りと上質なほらで紡いでゆく。そう、これは壮大なほら話であり、現実からかけ離れれば離れるほど、不思議と真実味が深く際立つ、マルケスの傑出した脳内の幻の記憶でもある。俗なブエンディア家に無心の存在として生まれたレメディオスは、ある日、天使のように空に召され、ブエンディア家を100年もの間見守り続け、2人の息子を生んだ娼婦ビラル・テルネラは、140歳以上(!)の高齢で死に至る、など物語にときおり吹く嘘の風すらも、人生における、信憑性の怪しさと神すらも予想できない無限の可能性を夢想させる。男と女、真実と嘘、光と闇、秩序と奔放、愛と憎しみ、自由と孤独、家庭と下界、国と個人、知識と資質、努力と怠惰、錬金術と科学、生きる者と霊魂・・・と、この物語を紡ぐ2色の糸をあれこれ書き連ねてみると、この世のほとんどのことが、面白おかしく、それでいて痛烈な痛みを持って描かれていることに、今さらながら愕然とする。

私がマコンドの100年物語の中にいた頃、それは永遠に続く時間のように思えたが、こうして読み終わってみると、それは本当にあった時間なのか、なかったのかさえ疑わしい。そのくせ、子供時代に祖父から聞いた、華麗なるほら話のように禍々しい光を放っている。マコンドとブエンディア家の人々は、一生忘れ得ぬ、不思議な力をもって私の海馬の奥に杭を打ちこんだ。その杭は、日々の雨風にさらされ少しずつ朽ちるたび、甘い南国のフルーツの匂いで、人間を好む様々な快楽の虫を呼び寄せ、痺れさせ、跡形もなく腐らせてゆくに違いない。

`百年の孤独´
G・ガルシア=マルケス
鼓 直 訳
新潮社 ISBN978-4-10-509011-1


posted by 猫沢エミ at 00:00| パリ | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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