2010年10月13日

プロゴルファー猫のパリ。

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今週末に、我がBonzour Japon3周年記念イヴェントライブが迫る中、同時進行で、こちらも1ヶ月後に迫ったパリ行きのもろもろブッキングなどに追われる日。

日本に数ヶ月いると、やっぱりパリが欠乏ぎみになるなあと素直に思う。が、同時に、あのいちいち面倒で生きるのにパワーのいる街へまた行くのか…今回のアパルトマンは、うまく見つかるだろうか…前回起きたバイク事故の後処理だの交渉だのをフランス語でやるのか、これまた面倒だ。などと、いくらでも面倒なことも思いつく。が、やっぱり、面倒なあの街が大好きだと思う。パリは、人生なんかそもそも面倒なものなのだ、ということをすんなり思い出させてくれる。そして、自家発電機能が動き出して、面倒なことをどんどん片付けてゆく自分自身に、またパワーをもらえる。

そういえば、前回5月に行った時は、ピキが亡くなってまだ悲しみ覚めやらぬ、精神的に最悪の時期だった。パリについて2、3日は、なんだか呆然としていたのを覚えている。ピキの小さな遺骨を丸いプラケースに入れて、大事に大事に愛でていた。「ピキ、あんたの暮らした街に、戻ってきたのよ。」そうして、夜はひとり寂しがりながらも、いろんな面倒なことが呼んでもいないのに、毎度のごとく押し掛けてきて、だんだん「こなくそー!」という普段の自分が戻ってきた。いや、反動からなのか、いつにも増してパワフルに活動しまくった。そして、帰国の頃には、日本をたったあの日のデスラー総督もまさに真っ青なブルーの自分はどこかに捨てられてしまっていた。

荒療治だなあと思う。パリの優しさは、いつも手荒だ。自分の傷を舐めて痛気持ちよがっている甘ちゃんには到底享受できるわけもない、もっと獰猛な、力強い治療を施してくれる。私はプロゴルファー猿のように(たとえがいちいち古くってごめん。笑)自分で削ったクラブを振り回し、昔の悲しみなんかホールインワンだぜ!と、かっとばして日本へ帰ってきた。

そんなパリにまた行ってくるかね。今回は、ひとつ大人になった自分を連れて。そして、やっぱりピキの小さな遺骨を連れて。セーヌ川なんかにピキの骨は流さないよ。あそこは、ただの川だ。パリはピキの第二の故郷だけれども、そんなことはしない。そんな自分勝手なメランコリックは、自分に許しはしないんだよ。だって、ママはプロゴルファー猫だもん。また、削り出しの自前のクラブで、いらないものかっとばしてくるよ。


Photo. je t'aime piki éternellement....



posted by 猫沢エミ at 00:00| パリ 🌁| パリ・フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする