2011年03月28日

美しき台湾菓子、台湾人の心。−東日本大震災5日目より、それから


Quand la femme tient la barre de sa vie N°4−猫沢エミライブ&トーク@TRAUMARIS
2011年4月16 日(土)
身の丈に合った、東日本大震災の義援金も募ります!



千層蜂蜜petit.jpg


マダム一家petit.jpg



大震災4日目の3月14日から、混乱の中、関東での輪番停電が始まった。


街のコンビニ、スーパーは相変わらず生活の基本物資が品薄もしくは欠品で、気持ちよいほどすかすかの棚も見慣れ始めた。東京の夜は、暗くなった。電車は間引き運転により、ダイヤの乱れが当たり前となり、電気を始めとして何もかもが節約モードに切り替わった。と、ここまで書いて、こりゃまるで常時のパリではないかとふと思う。

花の都パリ、というまことしやかな代名詞を背負ったあの街は、皆が思うほどいわゆる`都会´ではない。大手のスーパーでも、トイレットペーパーがなぜかのきなみ欠品の日もよくあるし、電気も水も日ごろから節約するのが当たり前。ネオンなんかパリ市と郊外を隔てる環状道路あたりでしか見られないし、メトロは意味もなく遅れたりする。東京がパリに近くなった。私には、そうゆう感慨しかない。パニックになって買い占めをしたりする必要も、暗い東京を憂いだり、また逆に「妙に落ち着く」などと言って心動かしたりもしない。いつも何かが少し足りない生活を、楽しむ術はもう持っている。だから、地震の前後、という風に無理に時間を区切ってメランコリックになるのはやめたのだ。

福島の実家の母と、地震後初めて電話が通じたのは5日目・3月15日だった。彼女はいつものように飄々として明るかった。お風呂にずっと入れないことで、父がいらいらのピークに達している、という話を面白おかしくしてくれた。辛い時、その辛さをどれだけ素早く自分から引きはがして、人事みたいな笑い話にできるか。そのスピードで、人の強さはある程度はかることができると信じている。私も母も。


同じ日の朝、Oが台湾へ旅立った。地震から逃げたわけでもなんでもない。地震前からフィックスしていた、ただの出張である。「非国民!」と冗談めかして笑って見送る。それから6日後の夜、Oがたくさんの、本当にたくさんのお土産を抱えて台湾から帰って来た。お土産は、私の大好きなパイナップルケーキをはじめとする、台湾が世界に誇るべき繊細な味の焼き菓子他、非常食のグラノーラバー、マスク100枚、お酒、お茶etc。あまりの量に「どうしたの、これ?」と尋ねると「全部、台湾の友達が用意してくれたんだ。」そう。

私はOと違って、今までに台湾へは1度しか言った事がない。台北の原付バイクの多さや空気の悪さや、屋台で食べた不衛生なものに当たって七転八倒したことなど、正直あまりいい思い出がなかった。けれど、彼らの人情の深さは日本人のそれをもしのぐ、ということだけはしっかりと印象に残っていた。そして、地震発生からこれを書いている3月28日現在の間にも、台湾からの義援金は約60億円というものすごい額となった。想像してみて欲しい。日本の総人口の5分の1にも満たない国が、初任給は3分の1程度の国が、60億円のもの義援金を日本のために集めてくれたのだ。

冷戦下の1971年、国連で中華人民共和国が、いわゆる`中国´の代表権を取得してからは、台湾と日本は国交を断絶した。つまり表立ったところで、日本は中国を選んだのだ。毎日、どこそこの国がいくらいくらの義援金を日本へ…とたくさんの報道がされている。けれど、台湾の美談はほとんど報道されない。Oに抱えきれないほどのお菓子や、非常食のグラノーラバーをくれたのは、利害関係のある仕事仲間ではない。彼がよく行く、味がいいと評判の餃子屋のおかみさんである。人として、自分のことのように心底心配して、これだけのものをくれたのである。政治的な歴史を背景にした国交断絶、そして中国への気遣い、へつらいなどいとも簡単に越える、人間としてもっとも強く暖かい思いやりが、そこには存在する。そして、今こうしている間にも、台湾からの義援金はさらに増え続けていることだろう。

おかみさんがくれた、大好きな台湾菓子`千層蜂蜜´を切り分けて、一口一口噛み締めながら味わう。バウムクーヘンのようなこのお菓子は、他のどの焼き菓子とも違う、形容しがたい口溶けをする。あたりの柔らかな、卵の気泡がひとつぶずつ均等にはじけてゆくような。ぎらぎらと甘く重い中華菓子と比べ、台湾のお菓子は、それはそれは繊細で甘さもかなり控えめだ。そのまま、人柄が味になったような台湾のお菓子を食べながら、「ありがとう。」という人としての感謝の涙が、ぱたぱたとこぼれた。


●小樂天餃子館
台北市忠孝東路五段151號
11 :00~21 :30
第一&第三日曜日 定休


Photo1. 千層蜂蜜。台湾のお菓子は、日本では認知度が低いけれど
    その繊細なおいしさは、もっと注目されるべきもの。

   2.小樂天餃子館のマダム一家。ぎゅっと握られたご夫婦の
     手からも、心温まるものを感じる。





posted by 猫沢エミ at 00:00| パリ | 東日本大地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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