2011年04月14日

日はまた登る〜41回目の誕生日によせて。



いよいよ明日!当日チケット出ます。ひとりでも多くの方に来て欲しいです。私を通して福島を感じてもらえたら。
Quand la femme tient la barre de sa vie N°4−猫沢エミライブ&トーク@TRAUMARIS
2011年4月16 日(土)
身の丈に合った、東日本大震災の義援金も募ります!

*メールにて予約された方の中に、うまくメールが届かないという原因不明のトラブルがありました。予約返信メールが届いていけないけれど予約した、という方は、どうぞ直接会場へお越しください!


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誕生日の前日深夜から、明けて14日は朝まで仕事をしていた。

それは、いつもとかわらない寝不足と余裕のない普通の日だったのだけど、仕事部屋が明るくなってきたあたりで、朝の空気を吸いにマンションの廊下へ出てみたのだ。すると、東の空に見事なグラデーションをまとった太陽がちょうど登り始めたところだった。なるほど、太陽はああやって毎朝登るのだな。しかも、こうしてじっと見ていると、太陽が地球を巡るスピードが目に見えてわかるものなんだなあ。瞬く間にぐいぐい登ってゆく太陽。あのスピードこそが、人生のスピードで、1秒という時間の正確な長さなのだとあらためて思う。


40年前に生まれ、生きて、太陽がこうして登り、たった今、私は41歳になった。普通のことではなくて、奇跡のように感じる。死んでしまうきっかけなんていくらでもあったはずだ。だが、それをどうにかかいくぐって今日まで生きてきた。いろんな人に生かされながら。

生まれ故郷の福島を想った。私の子供時代から青春時代にかけて、福島の白河には、なんにもなかった。マクドナルドもディスコも、東京の若者が普通に遊ぶような場所はひとつもなかった。米袋をそりのかわりにして、山を滑り降りたり、野いちごを摘んだり、人様の土地のたけのこを勝手に掘って怒られたりした小学生時代。あんまりにも遊ぶネタがないものだから、学校帰り、白河の目抜き通りと言われていた商店街の片隅に友達と立って、やってくる車に役柄をつけて、ナレーションして遊ぶ、というかなりプリミティヴな感覚遊びを開拓していた高校生時代。そうした中で、私が夢中になったのはクラシックや現代音楽だった。バイオリンや様々な打楽器の調べは、濁りのない山の空気にこだまし、余計なものがなにもない白河で、私のイマジネーションと感性は、さえぎられることなく、どんどんどんどん広がって行った。なんて贅沢で豊かだったのだろうと思う。おいしい水ときれいな空気と、豊かな自然の中で、私は自分の脳みそひとつあれば、どこにでも行けて、なににでもなれた。

先日、白河の母と電話した際「これから子供を生むかもしれないあんたが、こんな放射能だらけのところへ、来ては行けない。」そう、母が言った。電話を切って私はひとしきり泣いた。私を育んだあの美しい街が、それを内包する福島が、言葉では言い表せない哀しい場所になってしまったことを。ものすごくシンプルに、もったいないと思った。もったいないよ。もったいなくて泣けてくるよ。ゼロどころか、マイナス1000にも10000にもなってしまった故郷。そこから新たに力の限り浮上するであろう、あのたおやかな福島の人々。そして、津波で流れてしまった同じく愛する北の人々。

ところで、福島県人の友達をお持ちの人はもう大分気がついているだろうけれど、彼らのキャラクターは、実に愛すべきものだ。ピンポイントでは、目を見張るような情熱を見せるのに、普段はのほほんと鷹揚で、ものごとをするりと冷静に直視する。やってきた苦難にも「しょうがあんめえ。」と、愛らしい方言のリズムで、すぐさま歩み出そうとする。そうゆう良い気質は、私の中にも確実に存在する。そう、私はまぎれもなく福島の子供なのだ。今、疎開先で放射能差別を受けている、子供たちと同じく。マイナス1000だろうが、10000だろうが、彼らは現実から逃げることなく、今この瞬間にも浮上を始めているだろう。私が生きている間に、あの3月11日以前の姿に戻れるかどうかもわからない。それでも、彼らは浮上を続けるだろう。おそらく、出発点がゼロなのか、マイナスなのかは大事なことではない。大事なのは、浮上する力と、その力によって生み出される人生の躍動そのものだ。それは、この世で一番クリーンなエネルギーとなって、その土地に住む、人間そのものを生かしてゆくだろう。

あら。いろんなことを考えてる間に、太陽はずいぶんと登ってしまったなあ…。あのスピードで、あの力強さで、哀しみから浮上するんだ。福島、という大きさでの哀しみも、地震とは関係なく起きる日常の一個人の哀しみも、今こうしている間にも、それは誰しもの上へ平等に訪れているはずだ。ここ1ヶ月で失恋した人もいるだろう。失業した人もいるだろう。病気になってしまったり、お金が底をついて悩んでいる人もいるだろう。その、哀しみもおざなりにしてはいけない。人生に巻き起こる、すべての哀しみは、次に訪れる大きな喜びのための大事な大事な哀しみなのだから。けれど、かならず日は登る。それぞれのポイントから浮上しようとする人たちに等しく、あの公平なスピードで、美しいグラデーションをまといながら。


大丈夫。




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PS・Photo: 母からの誕生日プレゼント?(笑)ありがとう。
     今まで人生の中でもらったどんなプレゼントより嬉しくて泣いたよ、お母さん。





posted by 猫沢エミ at 00:00| パリ | 東日本大地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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