2011年04月22日

色をつくる。


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只今、深夜。今宵はよく地面が蠢く。春だから致し方ないのか?などと、少し余裕を持って事実を捉えてみる。


実は何を書こうか、まったく考えなしにキーをぱかぱかやっている。TVをつければ、被災者の方々の想像を絶する苦しみと、保身ばかりを考える犯罪者レベルの能無し高学歴高給取りたちに心底腹が立ち、泣くのをこらえるのは無理というもの。街へでれば、一見街の活気は取り戻ったかのようだけど、やっぱりあの日、あの瞬間から何か色が変わってしまったと感じる。決定的な何かが。それは、取りも直さず自分の心象風景からくるところが大きいのだろうけど、変わってしまった色からは、以前気づかなかった大事なことをすでにたくさん拾い上げているかすかな喜びも見出せる。

私は地震後、自分の中のリミッターを完全に壊して仕事をしている感があるのだけど、それは、震災前は自分のためだったすべての行いが、確実にもっと大きな、民族とか国(政府のことじゃないよ)というレベルの意識下でがんばりを利かせているからなのだと思う。そりゃ、素晴らしい孫さんみたいな義援金は送れない。たくさんのプロジェクトが潰れ、自分の生活もままならない、いちミュージシャンではあるけれど、私は私の持ち場でやれること、やらねばならぬことがあるのだ。皆も同じだ。よく、ツイッターなんかでも、自分の非力さに凹んでいる人を見かけるけれど、その気持ちも十分理解できる上で、今、人ひとりが生きているだけで、どれほど大きな力なのかということを、自負して欲しいなと温かいまなざしで思う。

ところで私は意外と出不精。(だと自分では思っています!笑)ついつい、フットワークも重くなりがちなのだけど、もっともっと物事を軽んじるのではなく、軽やかに考えて、もっともっと直感で動けるようになりたいと思う。たとえば、今日あそこでいい映画がやっているのなら、即座に出かけて見てしまおう、とかそんな日常の些細なことからね。深刻になってはいけない。すべてをもっとシンプルに、軽やかに考える。深刻に考えねばならないことは、これからも山のように出てくるのだから。深刻は、その時にとっておけばいい。そして、地震後、変わってしまった色を残念がりながらも、行動からしか生まれないビビットな色と掛け合わせて新しい色をつくりたい。

年齢が上がって来た上に放射能問題山積で子供は生めるのか?その前に、恋はどうなんだ?お金は?仕事は?老後は?と、震災でよりいっそう深まる悩みもつきないけれど、奇跡的なことに生きている。生きていたら、それだけで可能性は無限大だ。


さて、そろそろ夢を見ようか。ベッドの中で、思い通りの夢が見れたら、きっと目が覚めても、その夢はいつか叶う。生きているのだから。


Photo:今年はお花見をやらなかった。自粛とかじゃなくて、気分が乗らなくて。
   それでも、毎年健気に花をつける桜は、数少ない震災前の色を保っていて
   幸せな気分にさせられる。






posted by 猫沢エミ at 02:39| パリ | 東日本大地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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