2011年05月06日

日暮愛葉、という信頼できる女。


急告♡5月6日(金)20:00~ UstreamTV 「宍戸留美×津田大介 Oil in Life Vol.8」
★ゲスト(Vol.08):猫沢エミ @necozawaemi ( http://ustre.am/dvgg ) 出演!
たっぷり生ライブお届けします!遠方でなかなかライブをご覧になれない方、ぜひ
観てください。被災地のみなさんへも心を込めて歌います♡



愛葉petit.jpg



90年代、渋谷系と言われる音楽の全盛期。そのバンドは日本を飛び越え、世界を舞台にロックしていた。

その頃の私と言えば、`猫沢エミ´などという、売れない少女漫画家みたいな名前と共に、クラシック・現代音楽とジャズという経歴をほぼ無視されたポップス歌手としての曲作りを強要され、本名の自分と芸名の自分が解離するジレンマに悶えていた。

ある日、おしゃれレーベルとして名高いトラットリアの方から、1枚のとてつもなくかっこいいCDを頂いた。SEAGULL SCREAMING KISS HER KISS HER−そのバンドは、XTCの曲名を冠り「やりたいことだけをやるのさ。」とギターがぎゅんぎゅん唸りを上げていた。自分も同じ渋谷系とカテゴライズされる枠の中でデビューしているというのに、私は田舎から出てきた歌手を夢見るロック少女のような気持ちで、フロントに立つ、その女の子に強烈な憧れを抱いた。それが日暮愛葉だった。


その後、私は事務所とレコード会社から、だまされるように契約を切られ、選択の余地なく個人事務所を作って独立した。一部のコアな音楽ファンはいたものの、売れたわけでもなんでもない常識のない歌手が、30歳でひとり社会に突然放り出された。今でも覚えている。その頃、ピチカート・ファイヴとして世界に名を馳せていた小西康陽さんに、オルガンバーで苦しい気持ちを打ち明けたとき「僕にはわかります。あなたは10年後も音楽をしている人だ。」と言ってくれた、あの言葉を。

それからずいぶんと時代が流れた。後から後からたくさんの女性アーティストが生まれ、売れ、そして消えていった。私は、渋谷系の素晴らしい音楽を作るDJやプロデューサーからいくつもの素敵なプロジェクトに誘われ、終わると思っていたミュージシャンを続けることができた。そして、念願だったパリへ行き、苦しんだり悩んだり、いくつもの失恋やとりかえしのつかない失敗を繰り返して、人としてどうにか哲学を持てたかもしれない40歳になった。ひどい10年間だった。そして、ひどいのと同じくらい素晴らしい10年間だった。

レコード会社と契約していたあの頃、40歳になって老いさばらえ、路頭に迷っているであろうとしか思えない先の自分を想像するほど怖いことはなかった。その、恐ろしい想像しかできなかった未来の自分になってみて、ひどくつじつまの合わない人生ではあるけれども、それなりにやってきたのだ、人は生きてさえいれば、かならず道があるものだと思えるようになった41歳の春、今度はCDジャケットの中身ではなく、生身の日暮愛葉と再会を果たした。そう、それはまさに初対面ではなく`再会´だった。


きっかけは、数ヶ月前から突発的にはじめたツイッターで、そこにいた10年来の友達が愛葉ちゃんと長く交流を持っていて、自然とやりとりが始まったのだ。互いにもちろん名前は知っているけれども、実際にはどんな人なのかまったくわからないまま、男について、女について、人生についてぐだぐだとやりとりをしているうちに、とてつもなく気が合うのではないか?と勘づいた。そして、ある夜、私たちを繋いでくれた友達のバーで生身の日暮愛葉とついに会った。まさしく私の予感は的中し、まるで10年間の時を埋めるように、私たちは互いのことを話しまくった。先に長々と書いた私の10年間とはまた別の、痛みに満ちた愛葉ちゃんの10年を一気に受け取った。

数々の精神疾患、激しい感情の起伏と戦う日々、その裏にあったパートナーとの離婚、シングルマザーとしての人生。その日も、決して調子がよさそうではなかったけれど、彼女からは、透き通る、揺るぎない気を感じて、状況はどうであれ「何も心配することはない。」とはっきりと確信が持てた。それは、おそらく自分では見ることができないけれど、とても確かなヴィジョンだったのだと思う。10年前、小西さんが私に投げた言葉のように。

現実には初めて会った人なのに、100%信頼できると言葉ではなく、体の深いところで腑に落ちた。どうしてそう思えたのかと言えば、彼女が自分の痛みと戦って、己の中に明瞭な地図が出来ているのを見たからだと思う。その地図が、どんなに起伏に飛んだ険しいものでも、限界も可能性も、きちんと自分で書いた線として、あるひとつの美しい形を成していたからだ。その美しさは、複雑で奇妙で唯一無二の姿をしている。自分と泣きながら向き合った人が書く、誰とも共有できない孤独でゆるぎない地図を彼女は自分の中に持っている。


そんな愛葉ちゃんが、今組んでいるガールズバンド・THE GIRLのライブを先日、観た。そのかっこよさといったら、もう!フロントに立つ愛葉ちゃんは、強い女であるのと同じくらい、透明で、儚くて、確かな存在感を持っていた。強い女だけなら、ここまで信頼したりはしない。そこには、弱さも葛藤もとまどいもきちんと同居していたから、限りなくますますそんな彼女に惚れたのだ。人生と戦う姿を、その弱さもぜんぶひっくるめて堂々と見せられる女を、私は誰よりも信頼する。完璧な人などどこにもいない。100%強い、鉄のような人間も。本当の強さとは、痛みも弱点も全部自分のものとして請け負う勇気があることを言うのだ。だから、私は彼女にふたたび恋をした。そう、10年前にシーガルのCDを握りしめて、恋焦がれたあのときのように。スタイリッシュなロック。無駄なものがひとつもない超純水みたいな音楽に、魂をくすぐる流暢な英語の響き。パリにやってきた土臭いアフリカ移民の女の子が、アメリカからやってきた洗練されたロック少女に憧れてるみたいだ…ライブの間、ずっとそんなことを思っていた。


ところで、冒頭に書いた`猫沢エミ´の名前を含めた否定文に戻るけど(笑)今の私は、その否定文を全部肯定文と考えているよ。かわいそうなことに、当時の猫沢エミを、一番理解してやらねばならなかった自分が、ひとつもわかっていなかったのだ。だから、私は売れなかったし、はっきりとしたイメージを打ち出すことができなかった。それで、事務所からもレコード会社からも愛想をつかされた。すべて、自分が招いた苦難。そして、その苦難があって初めて私は、今の自分を手に入れた。矛盾に満ちた、不完全な、生きる事がどうも巧くない、けれど自分だけの理想に向って止まることを知らない愛すべき自分。それは、10年前となんらかわりなく垢抜けない、土臭い自分なのだけど、その土臭さから、10年前には感じることができなかった気高い匂いを、今は感じることができる。


Photo:THE GIRL ☆☆☆














posted by 猫沢エミ at 00:58| パリ | 音楽日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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