2011年06月29日

世界の果てでも漫画描き〜ヤマザキマリさんの話


猫沢エミのフランス映画教室 N°2
−Cours de Cinéma Français de Emi Necozawa−numéro 2@渋谷Liaison 2011 年7月10日(日)
限定30名の生徒さん、急募中♡



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いやー、毎度のことと言っちゃ毎度のことなのだけど、パリに来たら毎日ブログを書いて、写真をアップしてパリの息吹をみんなにお届けしよう…と真摯に思うのである。滞在の始め頃は。しかし、これがなかなかむつかしいんである。大抵前もって組んだ仕事以外に、自分がパリに実際に来てみて初めて生じる展開が加わって大忙しとなる。それが年々加速しているなと感じる。加速するのは、おそらくだんだん自分がパリの深いところへリンクしているから自然なことかもしれないが、それとは別に、もともと持っている`自分がそこに身を投じると起きてくる、さざ波のような影響´があるのじゃないかと踏んでいる。

そんなことを常々考えていたら、やっぱり…と思うような漫画を偶然、行きの飛行機に乗る前に見つけ、パリに持ってきた。ローマ時代の浴場設計技師が、現代の日本へタイムトリップする大人気漫画『テルマエロマエ』の作者、ヤマザキマリさんの自叙伝的漫画『世界の果てでも漫画描き』だ。世界中を点々と住み暮らすマリさんは、子供時代に`兼高かおる、世界の旅´に憧れ、気がつけばイタリアへ留学し、そこからキューバへボランティア活動のために渡る。ちなみに`兼高かおる、世界の旅´とは、私が小学生にあがるかあがらないかくらいの70年代に大ヒットした人気TV番組で、当時はまだまだ一部の人のものだった海外旅行を、ナヴィゲーターの兼高かおるが視聴者にかわって旅してゆくというもの。むろん、福島の片田舎に暮らしていた私も思い切り憧れた。ただ、マリさんと違ったのは「あー…飛行機に乗って外国へ行ってみたいけれど、そんなのきっと無理だよな。」と思ったこと。マリさんは、そのとき「いつか自分は兼高かおるになってやる!」と決意し、気がつけば、本当にそうゆう人生へと進んでいた。元来とても出不精で、ひとところが気に入るといつまでも住んでいたいと思う反面、なぜか長く定住する事のない私に比べ、マリさんの放浪癖は、はっきりと意思のある、資質がもたらすものだ。そうゆう人が、ある場所へ暮らしはじめると、おのずと面白おかしい展開になるのは、好奇心旺盛な資質が招く幸運な災難と言えるのかもしれない。

ところで、海外旅行とか、海外留学と聞けば、夢溢れる快適な別世界を想像してしまいがちだが、彼女の旅路は、前人未到のジャングルを突き進むようなアドベンチャーの連続だ。留学先のイタリアで家賃が払えず野宿をしたり、ボランティアで訪れたキューバでホストファミリーと共に極度の空腹に見舞われたり、果ては、キューバ滞在中に当時付き合っていたボーイフレンドの子供を身ごもって、電気もガスも止められた借金だらけのイタリアに戻って、乳飲み子を抱えたまま、必死で漫画を描きはじめる。(そのボーイフレンドとは別れ、後に現在のだんなさまであるイタリア人と結婚する。)ほー。奇想天外な人様の人生は、なぜこんなにも面白いのか?と思う反面、面白く見える人生は、実際やってみるととんでもなく大変だ、というのは、他でもない自分が一番よく知っている。そして、これが観光旅行を超えた、人生の旅なのだということも。

先にご紹介した『テルマエロマエ』をものすごく愛読している私だが、随所に溢れるギャグセンスと、歴史をふまえたインテリジェンスなテーマとのギャップがたまらない。主人公のルシウスが毎度見舞われる数々の面白おかしい苦難と、それを大真面目な顔で切り開いて行くパワーは、上質の笑いで満ちている。その笑いの落としどころが、ものすごく私の感覚に近いなと感じていた。やってきた苦難に対して身構えるいとまもなく、乗り越えざるをえない状況に突入し、悪戦苦闘して、気がつけば一段高いところにいる。その一連の様子は、本人にとっては「ちょっとあんた、笑ってんじゃないわよ。」と言いたくなる余裕のなさなのだけど、傍から見れば、たまらなく面白おかしいことになってしまうのは、おそらく私の著書`Week-end à Paris´を読んだ方なら、なおいっそうおわかりかと思う。真面目で真摯であるということは、同時にとてもラブリーでおかしいものなのだ。その、極限まで`自分の状況を客観視して突き放す´余裕のなさがあって、人は初めて成長する。ヤマザキマリさんの漫画が面白い所以は、そこにある。目の前の苦難を自分の感情から切り離して、すぐさま過去の笑い話に変えてしまう。そのスピードが速ければ速いほど、人生は面白く豊かになる。だって、うじうじしてる時間が自然と短くなるからね。だから、必死な自分を、余裕のない自分を全面的に肯定し、愛おしいと感じる。そこには「パリでぇー編集長やっててぇー、ラデュレでプチデージュしてぇ、午後はアヴェニュ・モンテーニュでブランド服をお買い物♡」なんつう夢の世界はひとつも出てこない。帰国後、毎度大量に送られてくる滞在費の請求書に脂汗を流す展開におびえつつ、「てえい!少し未来の自分がなんとかするだろ。」と、実際毎度大変な思いをしながら最終的にはなんとかする。明日をも知れないこの生き方は、まさに旅人と言えるのかもしれない。

安定した生活も、人生設計も心底羨ましいときがあるけれど、私の中に流れる「見たことのない世界を見てみたい。それによって自分がどこまで行けるのか見てみたい。」という欲望には打ち勝てない。そこには、貧乏と苦難と出会いと別れがいつもつきまとう。自由であるということは、責任をもって自分の孤独と手を繋ぐことでもある。でも、たった一度の人生なんだもん。怖いからやめとこうなんて発想、私には時間の無駄すぎて出来ないんである。だから、旅を続ける。自分の中にどんな世界が広がっているのかを知るために、私は飛行機に乗る。もしかしたら落ちるかもしれない、乱気流があるかもしれない飛行機に乗り込むんである。がたがたのスーツケースひとつで。躊躇するいとまもなく。


Photo: ヤマザキマリさんの義援金グッツ`テルマエロマエ´ヒノキ桶セット!は、
    もうずいぶん前に購入しております♡











posted by 猫沢エミ at 00:00| パリ | パリ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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