2011年09月30日

毛考


Recording Live ! SARAVAH Tokyo −猫沢エミ・レコーディングライブ@サラヴァ東京2011 年10月24日(月)25日(火)2days只今、絶賛ご予約中♡




疲れた。さすがに。昨日は、編集長を務めているフランコ・ジャポネフリーペーパーBonzour Japon N°29の校了日で、深夜まで作業が続いた。その前の4日間は、日中に打ち合わせやら先々の仕事の諸々に追われ、夕方から明け方まで原稿を書いたり、集まって来た連載陣の原稿チェックで半徹状態が続いた。首から上になぞの湿疹がすきまなく表れ、胃を壊し、栄養も睡眠もぎりぎりで自分でもよく持ったなと思う。いや、持たなかったから、身体がストライキを起こして湿疹ができたのだと思うけど。

明けて本日。最低限の仕事だけにして、録りためていたドキュメンタリー番組を見たり、ひさしぶりにのんびりご飯を食べたりして、時々短い睡眠を取った。それでも蓄積された疲労はなかなか身体を離れてはくれない。思えば、ここ1年ずっとこんな感じだったものなー。身体だって嫌気がさして「実家に帰らせていただきます。」ってなるよ、そりゃ。ま、本当に実家に帰っちゃうのは死んじゃうってことなんだろうから、大事な嫁はちゃんと引き止めておかねばならぬね。ソファーにぐったりと横たわりながら、ふと腕のあたりを見た。本体はこんなにも弱っているのに、毛たちは「コンニチハ!僕ら、こんなに元気だよ♡」と手を振っている。なんだのだ?毛とは。毛ってなあに?素朴な疑問がわいてきた。

そもそも、毛とは不思議な存在である。毛を毛嫌って、お金をかけて脱毛する人もいれば、毛を心から買い求める人もいる。私を含む、猫沢家の人々は、元来毛の存在に翻弄された歴史を持つ。それはさかのぼること30年前。


ある日、父がアデランスであることを、知った。1980年代初頭の日本で、アデランスとは最先端のヅラだった。福島県の田舎街に、かつらはおろか、アデランスなどというお洒落ヅラをつけているのは、おそらく父ひとりではなかったか。彼にとって、アデランスは帽子のような存在で、つけていることを隠したりすることもなく、よく人前で脱着していた。

中学生のある日、親友Mが家に遊びにやってきた。父はお風呂に入っていたのだが、Mがリビングにいることを知らず、いつものように全裸で突然入って来てしまった。するとMの姿を捉えた父は目にもつかぬ早さで、頭につけていたアデランスをむしり取り、局部に当てがった後、さわやかに「Mちゃん、いらっしゃい。ゆっくりしてってね。」そう、言い残し、笑顔と共に寝室へ去って行った。私は心の中で「父、ナイスプレイ!」そう叫んだのと同時に、Mの方を振り返ると、目の悪いMは「エミちゃんのお父さんって、あそこがものすごい剛毛なんだねー。」とごく普通に意見を述べた。そうなんだよM。いや、ちがうちがう、そうじゃないー…と鈴木雅之がバックで歌うのを聴きながら、アデランスの使い勝手の良さを改めて見直した。

父は、弟たちと、アデランスの裏側についているかっぱのお皿みたいなゴム面を上にしての“アデランスフリスビー競技会”もたびたび催していた。飛距離が一番だった選手は、裏返してかっぱ状態のアデランスを、ずるっぱげの父からうやうやしく頭に乗せてもらえるのだった。古代ローマの月桂樹の冠のごとく。そんな風だったから、てっきり父にはハゲコンプレックスとかヅラコンプレックスがないものだとばかり思い込んでいた。あの夜までは…


私が上京し、東京の生活にも慣れたある日、母から一本の悲痛な電話がかかってきた。自分からかけてきたくせに、なかなか口を開かない母に問いただすと、昨晩の事の顛末はこんな風であった。いつものごとくたらふく酒を呑んで酩酊状態で帰宅した父が、家につくなり玄関先で「俺は…俺は…ほんとはアデランスなんか大っきらいなんだああ!」と叫んだかと思うと、頭にのせていた今日のアデランス、略して今日アデ(彼はスペアも含む、4〜6個のアデランスを飼育していた)をむしり取り、玄関の床に叩き付けた。おどろいた母が「どうしたの?!」と声をかけるのを突き飛ばし、だだだだと階段を上がった父は、飼っているすべてのアデランスを寝室から抱えて家の外に走り出た。当時の猫沢家は、小高い山の頂上にあり、家の前にはひろい空き地が広がっていた。そこにゴミを燃やすための土管があったのだけど、その中にアデランスたちを投げ入れ、ライターで火をつけようとしたのだ。それを見た母は裸足のまま血相を変え「やめてー!!ひとついくらすると思っているの!!」と、父に体当たりし、ジャンヌ・ダルクになりそうだったアデたちを土管の中から間一髪のところ救いだした。不意をつかれた父は「あっ…」と声をあげ、今度は父が母に体当たり。バラバラと地面にころがるかっぱ状のアデのひとつをつかみ、お互いが両端をつかんでひっぱりあいながら、あらぬ限りの罵詈雑言を浴びせ合ったのだと言う。その後、父の体力がつきるまで、空き地での攻防は続いた。アデランスを抱えて家に走り込もうとする母を父がタックル。再び奪って空き地を駆け回り、また母がタックル。いい大人が泥だらけになってアデランスラグビーを数時間も続けていたのだと、母は疲れた声で滔々と語った。

「おつかれハゲでした…」私が言ってあげられるのはその一言だけだった。「お父さん、ふだんあんなんでも、結構気にしてたのねー、ハゲ。」母はそう言って電話を切り、ひとり暮らしの部屋の中に、不思議な切なさが満るのを感じた。

頭のてっぺんには毛がないのに、身体には豊富に毛のはえた父。それは弟達も、私もしかり。そういえば、祖母も「14歳から剃ってるもんねー♡」と生前、よく自慢してたっ毛。ほぼ14年の天寿をまっとうし、昨年亡くなった愛猫ピキも、魂が抜けて数時間のうちにみるみると、つやあった毛から生気が消えてゆくのを見て、驚き哀しんだ。毛は、切っても痛くもかゆくもないが、もしかしたら、一番生命力を表しているバロメーターなのかもしれない。そう思えば、ぐったりと疲れ果てた今日の我が身に、毛だけが元気に踊っているのも、吉兆と思わねば、あの夜の父になんだか申し訳ない気持ちさえしてくるのだ。





posted by 猫沢エミ at 23:51| パリ | 猫沢家の人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする