2012年03月16日

Sphinx、始動。




ー2011.10.24/25 SARAVAH TOKYO /Movie:Kosuke MORI


気がつけば確定申告が毎年のごとく、確定深刻な様子を見せ、ばたばたと髪振り乱して終わり、そんなことをしている日々のど真ん中、3月7日(水)大阪に拠点を置くレコード会社・ORENGE RECORDSから、猫沢エミとしては6年ぶりの、そしてEmi NECOZWA & Sphinxとしては初めてのアルバムがリリースされた。久しぶりのリリース。そしてここ数年、非常に厳しい冬の時代を迎えた音楽業界全般の風景からしてみれば、また自らの音楽を世に送り出せた感慨深さがひとしおなのだから、もっとじっくり祝杯でも酌み交わして噛み締めたかったのだけれど、このOù est mon chat?にすら直接記事を書くのが今日になってしまったくらい、日々の事柄に忙殺されていた旨をお許し頂きたい。


CDを出す。ということが、一昔前ならばそれがメジャーからなのか?インディーからなのか?なんて、わりとはっきりとした区分のあるものでありつつも、一応プロフェッショナル・ミュージシャン領域での可能性だったよなあと、妙になつかしい。バブルの崩壊後も、ずいぶんとがんばった音楽業界の本当の氷河期は2003年あたりから本格的に始まったと記憶している。その前年代、いわゆる90年代を飾った珠玉の音楽宝庫であった渋谷系ミュージシャンたちは、耳の肥えた音楽ファンに支えられながらも、それぞれの領域で、静かながらも熱い活動を維持してきたように思う。実力のあるミュージシャンたちは、どの時代でもなんらかの形でがんばって生きて行くものなのだと、生活に追われながらも、ときたま会う昔の同朋を見ると、勇気づけられたっけなあ。


そういえば、コロムビアに所属してた頃の私は、アルバム会議で毎度のこと泣いていたのを思い出す。売れ線狙いのポップミュージックという、毎度申し渡される会社側からの要望の枠内で、作曲にチャレンジするのは、逆に面白いことでもあり、やりがいもあった。私の中には、確固たるポップソングの作曲能力があって、そこを見抜かれ評価されることは、なんだか気恥ずかしい反面、わずかな誇りでもあったから。でも、基本的に理解されていない。というジレンマは常にあったのだ。クラシック、現代音楽、ジャズ、インプロヴィゼーションetc. 私をプロデュースしようとやっきになっているスタッフの中に、子供時代からその当時までに聴き舐めていた、猫沢エミというミュージシャンの音楽基盤になっているジャンルへの理解はほぼゼロだった。それで、毎度のこと会議で泣く羽目になった。「一緒に音楽を作るのだから、私の頭の中にある音楽の原風景をわずかでも見て欲しい。」と懇願すれば、いつも返って来るのは「そんなことは必要もなければ興味もない。君は売れる音楽を作れば良い。」のワンフレーズだった。売れる音楽ってなんだ?逆にあなたへ問いたいわ。「売れる音楽を、理論的に説明せよ。」おそらく出来ないでしょうけれど。


そんな折、元所属していたアトラスト音楽事務所が抱えているインディーズミュージシャンのバンドを中心に、コンピレーションアルバムを発売することになった。私は、メジャーレーベルで出すことのできない“私、本当はこんなのやりたい”曲を2曲、そのアルバムに収めた。それが、今回発売された【Pyramidia】に収められている【Filiti can-can】と【Zo-wa-z’oiseaux】だったのだ。そう、すでにもうお聴きの方は、頭の中に流れるであろう印象的なあの2曲。実はとても古い、今から14年前に書かれた曲なのである。それを10年近くもライブで何度も演奏して、練って今回のアルバムに入れてみたのだけど、自分でもびっくりするほど時差のない曲たちだと思った。当時、レコード会社の中にいた数少ない先見者が、この2曲をとても評価してくださったのを思い出す。その方は東北に住んでいて、先日、仙台へライブに行った際、十数年ぶりに会うことができた。そのライブとは、MONGOL800のキヨサクくんが作った別バンドNo Problem’sとJUJUちゃんの衛星放送TV用招待ライブだったのだけど、私は今、No Problem’sのパーカショニストとしても活動している。なんてこともすっかり事後報告でごめん。

話を元に戻そう。先見者の彼は、当時とても優秀な東北地方担当のプロモーターさんだった。レコード会社から独立後、アーティストと共に事務所を設立。しかし、その直後に音楽業界バブルがはじけ、多大な借金をおった。そこからやっと再生の道を歩き始めた途端、先の東日本大震災にみまわれたのだという。ブログには書けない私個人の苦難も含め、皆が激動の時代をようやく乗り越え、生きているのだとしみじみ再認識した瞬間だった。

「新しいアルバムを送ります。あなたが当時、正しく高い評価をしてくださった2曲も入っています。」そう言って、私は彼との短い逢瀬を終え、仙台市民文化会館の舞台に戻って行った。空には、とんびが旋回していて、大地震なんか本当にあったのか?と疑うような青い空で声高に啼いていた。


ところで今回、私がバンドという形であたらめて自分の音楽を世に送り出したのは、音楽を志した5歳から現在まで、生の楽器で音を表現するプレイヤーであるという基本に立ち返ったから。立ち返った、というのは変かな?歌手・猫沢エミという名前で、プロデューサーにプロデュースされる女性アーティストという表立ったイメージの強かった時代にも、元ピチカートファイヴの小西康陽さんをはじめ、私の礎をきちんと見てくださっていた方々とは、パーカショニストとしても、多く仕事をご一緒させて頂いた。ということは、限られた人しか知らなかったことかもしれないが。コロムビアを辞めてから、ほどなくして活動の拠点をパリに移してしまったので、日本での音楽活動がさほど激しくなかったのも一因かもしれない。いずれにせよ、様々な波を越えて、また新しいアルバムを出すことが出来たのだ。


今回、アルバムを出すにあたり、私を取り巻く理解者の多大な協力があったことが言うまでもない。サラヴァ東京のソワレ、桜田宗久くん。はじめ、このふたりが「アルバムとして音に残すべきだ。」と言ってくれなかったら、CDは生まれていなかっただろう。そこからレコーディングライブという前代未聞の難しいレコーディングスタイルを、音に変えてくださったエンジニアのidehofさん。そして、具体的にCDを世に送り出す多大な手助けをしてくださった、オレンジレコーズの中にご自身のレーベルを持つDJ鈴木 雅尭さん、グルーヴあんちゃん。素晴らしいジャケットをデザインし、どう低予算で形にするかを真剣に考え、実行してくださった日本一のグラフィックデザイナー真舘嘉浩さん。美しい写真を撮ってくださった写真家のmobiile小宮山裕介くん、わだりかさんのカップル。ほぼ1カメで信じられないほどかっこいいPVを作ってくれた森孝介くん。そして、裁断から製本、縫製を手作業で作ってくれたきもの作家のやまもとゆみちゃんをはじめとする、大切な仲間たち。我が事務所CITRON PLUSの椎名奏木の働きは、それらすべてを統括する要として、ここに書くまでもないほどだ。心から、本当に心から感謝します。


そんなアルバムをぜひみなさんに聴いて頂きたい。後悔はさせないつもり。それだけの物を作ったという確固たる自負があるから。お疑いの方は(笑)ぜひ、PVを見て欲しい。そして、CDよりも映像よりも、まずEmi NECOZWA & Sphinxの音楽は生である、ライブであるということを踏まえ、会場へ足をお運び頂きたい。関西のフルライブは3月23日(金)大阪、まもなくです!東京の方は、4月14日(土)サラヴァ東京にて。奇しくも私の42回目の誕生日となりました。いいでしょ?こんな42歳。(笑)自分にリミッターかけなければ、人間まだまだやれるのよ。どんどんつまらないリミッターを外して、日本は元より世界で活躍したい。すでにフランスでは、国営ラジオFRANCE Inter(フランス・アンテール)のエアーに乗り、多大な反響を得たEmi NECOZWA & Sphinx。私たちから、真っ向勝負のエネルギーを受け取りに来てください。


● Emi NECOZWA & Sphinx Official Blog
http://ensphinx.blog.fc2.com/

■ CDの購入
http://ensphinx.blog.fc2.com/blog-entry-20.html
*このブログからCDを通販してくださった方には、特典として真舘嘉浩さんデザインのステッカーがつきます♡

■ ツアーライブのチケット予約
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posted by 猫沢エミ at 14:45| パリ 🌁| ライブ最新情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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