2010年11月18日

フランソワ・オゾンの快新作`Ricky´

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c Eurowide Film Production – 2008 – Tous droits réservés


パリに来ると、現在公開中の映画があれやこれやと見たいプラス、シネマテーク・フランセーズ(国立映画資料館)からも、素晴らしいコレクションフィルムの公開案内がメールでぼんぼん来たりして、そわそわまったく落ち着かない。落ち着かないのだけども、今週はどうにも取材以外で外に出るのが難しい。というわけで、日本から持ってきたフランソワ・オゾンの新作`Ricky´のDVDを見て、映画欲を小さなアパルトマンの中で満足させてみよう。

舞台は、フランスのとある郊外の街。7歳の娘リザを育てながら工場で働くシングルマザーのカティは、ある日、工場の新入り工員パコと出会い、一緒に暮らし始める。ふたりの間には`リッキー´という男の子が授かり、寂しかったカティの人生にもようやく春が訪れるのかと思いきや、このリッキー、ちょっと他の赤ちゃんとは`違う部分´を持っているのだった。そのことは、社会を巻き込んでの大騒動へと発展し、ごくごく普通の人生を歩んできたカティ、パコ、リザにも大きな影響を及ぼしてゆく…。

まず映画前半の、身を切るようなリアリティで描かれる、寂しいフランスの低所得者層の生活。ここだけ見ると、ベルギーのダルデンヌ兄弟も真っ青!と言った感じの辛い物語なのかと想像してしまう。実際、カティの生活は、万年不況にあえぐ厳然たるフランスの一側面だ。カップルの間に子供が出来ても、その後シングルマザーを余儀なくされる女性も多い。それでも子供を育てながら毎日の労働に励まねばならない現実と、それを小さいながらも理解して、寂しいのをがまんするリザの姿を、フランスに夢だけを抱いている人にもきちんと見て欲しいと思う。一口に郊外、とはいえども、たとえばパリの郊外でも高級住宅街もあれば、低所得者層が多く暮らす、政府の補助が入ったアパルトマンが並ぶカルチエもある。しかし、ここで舞台となるのは後者の方で、こうした街へ実際に出向くと素直に`寂しいところだな´と思うのも事実。

そして、出会ったスペイン国籍の新しい恋人、パコ。彼が心からカティに惹かれたのは事実だが、外国籍という、この国での弱い立場を、カティと一緒に暮らすことで守っている無意識の下心。多民族が暮らすフランスでは、これもまたよくある風景なのだ。そんなフランスが抱える`現実´の側面を、冒頭、オゾンは淡々と描き出す。

ところが、物語はリッキーの登場で、鮮やかなファンタジーへと怒濤の展開を見せる。色あせた一家の世界が、ぱーっと華やぎ、それに伴って、体験したことのない不安やいさかいや、そして現状を変えてゆこうとするそれぞれのチャレンジへと繫がってゆく。そのあまりの急激な色彩の変わりようにめまいもするが、最後まで観る人を惹き付けて昇華させる離れ技は、やはり、オゾンが撮ったから。の一言につきるのではないかと思う。そして後半、空高く舞い上がるような高揚感に包まれても、そこにリアリティを失わないのは、前半、きっちりとリアルなフランスの現状を描いているからなのだと思う。

ところで、フランソワ・オゾンの作品の中でも、一番好きなのは2003年作品`スイミング・プール´なのだけど、快楽の象徴であるフランス人の若い女の子役をリュディヴィーヌ・サニエが。人生の楽しみを削いで生真面目に生きるイギリス人作家の役をシャーロット・ランブリングが演じていて、これ以上ない絶妙な配役だなあと感心したっけ。サニエが夜な夜な引っ張り込む男が、どうにもちぐはぐな顔をしたキャラクターぞろいなのも、逆にオゾンのひねりのあるインテリジェンスを感じて笑えた。

人間をよく観る。これは、映画監督に限らず、人にまつわるものを生む人種には共通の、必要となる能力なのだろうけど、ことにオゾンの場合、この力が長けているのだと思う。社会の中で皆が一様に見ている表層的な側面も、オゾンという一個人の特異な視点から見た側面も、1本のフィルムの中で違和感なく合わせられ、美しい形を成している。


Ricky リッキー(2009年フランス、イタリア作品)
監督/フランソワ・オゾン 出演/アレクサンドラ・ラミー 他
2010年11月27日(土)Bunkamura ル・シネマ他、全国順次公開中。
配給:アルシネテラン




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2010年08月05日

プチ・ニコラ/ふい落ちの処理

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本日、Bonzour Japonの校了日。昼過ぎから、最終校正を始め、編集部に詰めているハルカ嬢と連絡を取り合いながら、小さなミスも見逃さぬよう校正を進める。午後、無事校了。次号のデータはめでたく印刷所へ送られて行った。

夕方、渋谷の試写室に`プチ・ニコラ´を観に行く。プチ・ニコラとは、ルネ・ゴシニ原作、ジャン=ジャック・サンペが描く国民的絵本(風刺漫画と言った方がいいかもしれない)で、昨年生誕50周年を迎えた、フランスで知らぬ人はいない名作だ。わかりやすく例えると、日本で言うところの`サザエさん´や`ちびまる子ちゃん´といったところか。フランスらしいアイロニーと、子供のリアルな姿をコンパクトな短編で描いている原作絵本を、映画監督ローラン・ティラールが実写版で撮ったものだ。

フランスでこの映画が公開されている間、まわりの友人から作品の感想をあれこれ聞いていたのだが、いつもの忙殺で見逃していた。オンタイムでプチ・ニコラに親しんでいたご年配のフランス人は、こうした原作をたたき台にした実写映画によくある`私のニコラじゃない!´という個人のイメージが勝ってしまっているパターンをよく耳にしたものだが、大人になってからプチ・ニコラに触れた私にとっては、原作と映画は、スピリッツは同じでも作品としては別物と考えられる。そんなわけで、どんな世界になっているのかしら?と期待して観た。

まず、良い映画の兆しともいえる、オープニングのタイトルバックが素晴らしい。絵本の世界がそのまま、かわいく美しいコラージュで組まれていて。物語は、1950年代の古き良きフランス。中流家庭の少年、ニコラが少年らしい発想や妄想で、クラスメイトたちと小さな事件を巻き起こしてゆく物語として仕上がっている。おませさんで、すぐに大人になってしまうフランス人男性の、ほんの一瞬訪れる少年期。まさにギャルソンと呼ぶにふさわしい、初々しいかわいさが画面で炸裂!小生意気で、やんちゃで、ピュアな彼らの言動に思わず笑っちゃわない人はいないだろう。そして、ニコラのお母さん扮するヴァレリー・ルメルシエがこれまたいい。フランスを代表するコメディの名女優。まだまだ女性が社会で働くことの少なかった50年代のフランスで、ただの主婦から脱却したいけれど、なかなかうまくゆかない向上心溢れる(虚栄心も溢れてる)女性としての姿。そして誰よりもニコラを愛するフランスのママンの姿。

監督は言う「プチ・ニコラの世界には、失業も犯罪も離婚も存在しない。この、過去にも未来にもあり得ない理想の世界は、おとぎの世界なのだ。だからこそ、時代考証に忠実な、50〜60年代のフランスを作り上げた。」と。登場する車、ファッション、家具etc。その何もかもが、いわゆるフランス好きには「きゃー!かわいい。」ツボのオンパレード。見終わったときほんのりと、幸せ感の残る作品だった。

夜、なぜだか急に落ちた。ああ、こうゆうときってあるなあと思いながら、そのままふて寝を選ぶか、現実を直視して仕事をするか迷ったのだけど、今日は仕事をして正解だった。上手に浮上して、前向きな気持ちが取り戻せた。この日常にふと訪れる`ふい落ち´の処理は、すごくささいに見えて、実は取り扱いを間違うと思わぬ長期落ちに繋がるから要注意。若いころはこれができなかったなあ。こうゆう技が利いてくるあたりが、年の功と言うべきものなのだろうか。


Photo.`プチ・ニコラ´は、今年10月、恵比寿ガーデンシネマ他全国順次ロードショー。http://www.petitnicolas.jp


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2010年07月28日

おばあちゃんの、隠された日記

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夕方、久しぶりに京橋の試写室へ、映画を観に行く。映画を観ることは、ライフワークのひとつなので、なるべく途切れさせたくないのだが、仕事が立て込むとなかなか思うように足が運べない時期もある。そして私の場合、1本の作品にものすごい気力を注ぎ込んで観てしまうので、素晴らしい作品に出会うと、その日の精神力をすべて使ってしまうこともままある。

今日の作品は`大作´ではないけれど、人生の、とくに女性として生きる自分の半生を振り返るような、見事な作品だった。38歳のフランス人女性監督、ジュリー・ロペス¬=クルヴァルの`隠された日記´。カナダでキャリアウーマンとして働くオドレイは、恋人ではない男友達の子供を妊娠してしまい、人生の選択に悩む中、久しぶりに実家のあるフランスの片田舎、アルカションへ帰省する。開業医として働く母のマルティーヌは、オドレイに対して、なぜだか不必要な小言ばかりを言ってしまう不器用な人で、ふたりの関係はぎすぎすしているのだった。

実家が息苦しくなったオドレイは、無人のまま放置されている海辺の亡き祖父の家へ身を移す。そこで偶然見つけたものは、母が子供のときに失踪したと聞かされている祖母の秘密の日記だった。祖母の生きた1950年代のフランスの田舎の実情。それは、どんなに能力のある女性も、男性の下で良き妻を演じねばならない、がんじがらめの社会通念。仕事を持ちたかった祖母の切なる思いと葛藤、それと同時に子供たちや家庭への愛情も綴られた日記には、おいしい料理のレシピも取り混ぜられているのであった。かたくなな母のキャラクターを形成した過去の物語、それに大きな陰を落とした祖母の生き様を知るにつれ、女性としての迷いの中にあるオドレイは、自分自身をも見つめてゆく。

母マルティーヌを演じるカトリーヌ・ドヌーヴの複雑で奥深い母性愛、そしてオドレイを演じるマリナ・ハンズの控えめながら、奔放で愛らしいフランスの現代女性の姿。この絶妙な存在感に加え、それを取り巻く、優しくて弱い、数々の男たちの姿。女性監督ならではの、情感や空気感で物語を運んでゆく力と、ナイフのように容赦ない確信への切り込み方が素晴らしい。

見終わったときに残るのものは、家族愛の温かさと、それとは真逆の背筋の凍るような人生の残酷さ。そして、女性なら誰しもが自分の人生と重ね合わせてしまう、普遍的な葛藤の数々だろう。

祖母、母、娘の三代に渡る物語は決して映画の中だけの特別なものではない。
どこの国にも、家にも、私にもあなたにも通じる、女性故の喜びと苦悩が、
キッチンの片隅に置かれたスポンジやまな板と同じくらいの親しみをもって、
切々と胸に迫る良作。女性にも、それと生きる男性にも、ぜひ観て欲しい。

● 隠された日記―母たち、娘たち
2010年、銀座テアトルシネマ他全国ロードショー公開予定
http://www.alcine-terran.com/diary


追伸・試写会の帰りに、我が娘ピキによく似た猫を見つける。
   「ピキ〜」と呼べば、「にゃ〜」と鳴いた。
   ちょっと胸が、ぎゅっとなった。

posted by 猫沢エミ at 00:00| パリ ☁| フランス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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