2012年04月17日

悔しいけど、パリにまた惚れる。〜ミッドナイト・イン・パリ


Emi NECOZAWA & Sphinx 1st Album【Pyramidia】
名古屋 LIVE @NAGOYA EUROCOOP HIGASHIYAMA 2012 年4月21日(土)
限定30名様♡チケット、残り少なくなっています。急いで!



ウディ・アレンpetit.jpg



だいたい、あの街を手放しで褒めそやすことには、いつも抵抗がある。いや、自分でもひねているとわかっています。かれこれ10年も住んでいて、今さら嫌いだなんて、いいません。でもね、なんか悔しい。面倒で、トラップが街のあちこちにしかけられていて、いるだけで熱に浮かされたような、恋の最初期みたいな不安定さに揺さぶられる。それが、パリ。不潔だし、不便だし、新しいことなんかあんまりないし、夜中の買い物に苦労するし。だけど、たまらなく良い。この街には、この街にしかない人生が確実にあって、ことに歴代のアーティストたちを強く惹き付けた。

アーネスト・ヘミングウェイ、F・スコット・フィッツジェラルド、ガートルード・スタイン、ピカソetc… ユダヤ系のセルジュ・ゲンスブールは、イギリス娘だったジェーン・バーキンをパリへつなぎ止め、スイス生まれのジャン=リュック・ゴダールは、かわいい北欧のアンナ・カリーナと、数々の名作を生んだ。パリは、外国人を常に引きつけ、また彼らの存在によってより複雑で豊潤な街へと成長を遂げた。


そんなパリに今も恋し、映画作品へと投影する監督は後を経たない。2006年に公開された「パリ・ジュテーム」は、世界各国18人の映画監督による、パリをテーマにしたオムニバス映画で、パリを観光客目線で撮る者、内側から撮る者と、実に様々な視点で立体的なパリの魅力と、そこに暮らす人々の心象風景を見事に切り取った、とてもチャーミングな映画だ。

パリでこの映画が公開されたのは、2006年の6月頃だったと記憶している。あと1ヶ月でパリを去ることがわかっていた私は、左岸のビブリオテークMK2へ、ひとり、この映画を観に出かけたのだった。4年間のパリの想い出と見事にリンクして、見終わったあと、涙がとまらなくてとまらなくて、困り果てた。映画館から外にでると、ラベンダーの夕暮れ空が広がっていて、自分がどれだけこの街に心を預けていたのか、痛いほど思い知った。ホームレスのムッシュに「大丈夫かい?」と声をかけられ、思わず「パリに恋をしていた。」と泣きながら吐露したっけなー。(青春♡)


あのときの甘酸っぱさは、自分でもこっ恥ずかしい想い出なのだけど(そうゆう想い出があるから、余計抵抗するのかもしれない。笑)やっぱり今でも、深夜番組で、パリの風景が音楽と共に流れているのを見たりすると、つーっと涙が溢れてきてしまったりして、「アホか。何年住んでやがるんだ。」と照れ隠しに大げさに呆れてみたりする。だから、特に外でパリへの愛に溢れた映画を観るのは、大泣きの可能性が大なもので、ちょっと避けたい気持ちだったのだけど、不覚にもまたしてやられた。しかも、監督がウディ・アレンなものだから、余計タチが悪い。

ハリウッドで脚本家として売れっ子のギルは、婚約者イネズとその両親と共に、ひょんなことからパリ旅行へやってくる。ギルは昔からパリに恋焦がれていて、結婚を期に、しばらくハリウッドの中身のない脚本の仕事を休み、本当になりたかった仕事−小説家にチャレンジしてみようと思っている。ところが、金持ちの娘で即物的なアメリカンガールのイネズは、そんなギルの気持ちなどおかまいなしで、「彼、頭がイカレたみたい。」と理解のリの字も示さない。ママと一緒に方々でお買い物&偶然パリに来ていた昔のBFポールの薄っぺらなフランス知識ひけらかしにまんまと夢中。ぱっと見も素朴すぎて冴えないギルなのだけど、彼は確実にパリに愛されて、ある夜、彼が敬愛する黄金時代1920年代のパリへとタイムスリップする。そこに居たのは、歴史上の偉人でしかなかったヘミングウェイやコール・ポーター、フィッツジェラルドにガートルード・スタインなど、夢のようなアーティストたちのコミュニティだった!

ここまで読んだ方は、よくある陳腐なファンタジーを想像するかもしれない。それがですね、いいんですよ。本当に、観ている自分が憧れていたヘミングウェイに会ったようなときめきを覚える。ギルとまったく同じ感動を共有することができるのだ。これはもう、ロマンチストでありながら同時に痛烈なリアリストでもあるウディ・アレンの熟しきった手腕と言わねばならない。ここしばらくのアレン作品は、物のよって好きになれない映画も多かった。私が彼の作品群で一番影響を受けたのは、70年代初頭「スリーパー」なんかを撮っていたあの頃である。それからなんだか小難しくなってきて、もやもやする映画も多かったのだけど、キタ!目の覚めるような美作が!しかも、映画の端々に、誰もがうなづく深い哲学がちりばめられている。たとえば、アメリカの薄っぺらな価値観に対してのアンチテーゼ。(これは、戦後の日本にも同じことが言える。)物質主義、権威主義、そうしたつまらないものと、愛や人間性、心の通い合いを最重要とするフランス文化の対比。そして、いつの時代にも襲われる懐古主義へのクエスチョンマーク。どうしても人は、いつも「昔はよかった」と言って過去を振り返るのか?映画を観終わってからも、ずっと考えていた。おそらく、新しいものがいつも一番最良になってしまうと、人も文化もすぐに滅びるからなのでは?と私は考える。昔を尊ぶ時間、そこは新しいものを生むアイディアの宝庫で、しかも、早すぎる発展へ良いブレーキをかける役割をしているのじゃないか?と。個人的な想い出の振り返りにも、そうした効能がある。反芻し、学び、今を正しく見据えるために。

ギルは、お金には困らないけれど、どこか自分に欺瞞を抱えていた今までの行き方を、パリで捨てることになる。そう、パリは余計なものを洗い流し、捨てさせる街でもある。ただし、パリの真の姿を見ようとする者だけに、その恩恵を与える。この街は、ひとつの大きな生命体で、確固たる意思がある。パリがそこに住める者を選び、愛で、試練を与える。そうして、選ばれた者は野生を取り戻して精悍なまなざしになってゆくのだ。ギルは、パリに焦がれ、パリに選ばれた。その目もくらむような愛され方を、上質なファンタジーとして描ききったアレンのパリへの恋心に、全身全霊で包容を贈りたくなる。


そういえば、私はこの映画の中に出て来る偉人、ことにヘミングウェイの作品をまともに読んだことがなかったと気がついた。アメリカ文学といえば、どっぷり読んだのはカート・ヴォネガットとバロウズくらい。ハードボイルド文学の祖と言われる彼も「歴史の偉人」となった途端に、なんだかお行儀のよい向こう側の世界と感じてしまっていた。私は映画の中で、20年代のパリで生きた彼に会ったのだから、ぜひ、もういちどきちんと読みたいと思った。まるで偶然一夜を共にした、魅力的な男の文学作品を手にとるような、そんな身近な感覚で。

●ミッドナイト・イン・パリ

2011年 スペイン=アメリカ合作
監督、脚本/ウディ・アレン 
出演/オーウェン・ウィルソン、マリオン・コティヤール
  キャシー・ベイツ 他

2012年5月26日(土)より、
東京・新宿ピカデリー、Bunkamura ル・シネマ他
大阪・大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ他
全国ロードショー♡








posted by 猫沢エミ at 18:20| パリ | その他の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月21日

山羊を見つめる男たち、を見つめながら無事帰国。

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結局夕べは、夜中3時ごろにアパルトマンへ戻り、最低限の準備&お化粧を落として気絶。2時間ほど寝て飛び起き、掃除もままならない部屋で、まるで夜逃げのごとくスーツケースに荷物をどしどし入れてゆく。A型の人が皆、几帳面かどうかは知らないが、A型の私は、ことに自分が気にしている領域に対して(たとえば、トイレ、とかこの引き出しの中、とか)異様な几帳面さを見せる。重ねて言うが`すべて’ではないところが、非常にアンバランスで自分勝手だと思う。そうゆう、気に入った領域の中に、スーツケースの中も入るのだけど、今日ばかりはそんなこだわり知ったことかと荷物を詰めに詰める。どう考えても、大家さんが鍵を取りにやってくる時間に間に合わないのだ。整理されていない荷物を、これまた整理されない状態で詰めてゆくのは、まさに生理的な不快さを感じるが、半ばウワウワ叫びながらなんとかかんとか時間までに荷造りを終え、無事に部屋を引き渡した。今回はいつもより少しだけ長めに滞在できたとしても、やっぱりパリはあっという間だった。過ぎた時間を短く感じるのは、その時間が楽しかった証拠だと思いたい。

私と同じく、やはりほとんど寝ていないよちこが、空港まで見送りに来てくれた。送られるほうは幸せだが、見送る方はとても寂しいと思う。毎回、私たちのどちらかは、この空港での別れ際、泣いてしまうのだけど、今回は互いになんとか泣かずに済んだ。今回もありがとね。姉妹のような友よ。

AIR FRANCEの飛行機に乗り込んだ途端、気絶。気がついたら、もうずいぶんと上空にいた。
寝たり、食べたりしながら映画をがんがん見る。`アバター'は、意外とよかった。`プレシャス’は、思ったよりも琴線に響かなかった。すこぶるよかったのは`The men who stare at goats-山羊を見つめる男たち’。今回の滞在中、パリ市内ではほぼ終わりかけている映画だったため、タイミングが合わなくて見れずじまいだった噂の作品。実話が元になっているこの物語ーーヴェトナム戦争後、疲れ果てたアメリカ軍が半ば幻想のごとく、しかしものすごく真摯に立ち上げたのが`第一地球大隊’という特殊部隊。ここ、何をする部隊かと言うと、超能力の資質を持つ兵士を訓練し、生物を見つめるだけで殺すことを目的としたもの。その訓練の様子のあほらしさからは「平和っていうのは、馬鹿みたいに見えるものなんだな。」とおかしな深さの感慨を与えてくれる。ジョージ・クルーニー製作&主演、この舞台にさぐりをいれるジャーナリスト役のユアン・マクレガーの翻弄されっぷりもナイス。どこまでが本気なのか?それともすべてがギャグなのか?!これが実話というのがそら恐ろしいが、戦争の悲惨さを笑いの角度で鋭くえぐりとった新感覚の戦争映画と言えるかもしれない。日本でもきっとこれから公開されるだろう。必見。

それと、今年のカンヌ映画際に出展された、エミール・クストリッツァ監督のマラドーナのドキュメンタリーフィルムがとてもよかった。マラドーナってめちゃくちゃだけれど、生き物としてやっぱりめちゃくちゃ魅力的だ。劇中、エミールとマラドーナが試合をするシーンがあるのだけど、ボールがマラドーナに引き寄せられてゆくように見えた。ボールが恋するサッカー選手、それが神の子・マラドーナ。

たくさん映画が見れたのはよかったが、今回も飛行機が長時間揺れて、生きた心地がしなかった。たまたま最も揺れた時間帯に見ていたのが`プレシャス’だったので、画面を無理やり凝視しながら「ほ、ほらっ!!プレシャスの受けているこの仕打ちに比べたら、飛行機の揺れなんて屁でもないぃぃぃぃぃ・・・」と、自分にごまかしをかけるが、人様の辛い人生から受ける心の痛みと、今このときに体感している重力の恐怖はあまりにもかけ離れていて、ほとんど効果がなかった。

★Photo.
「先生!オレンジはおやつに入りますか?!」シャルルドゴール空港で、袋一杯のおやつをぼ〜りぼ〜り食べるの図。(小学生の遠足ですか?!)
posted by 猫沢エミ at 00:00| パリ | その他の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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