2011年01月17日

バンドは恋に似ている。


チケット残りわずか!お急ぎください!
Quand la femme tient la barre de sa vie N°2−猫沢エミライブ&トーク@TRAUMARIS  2011年1月22日(土)
限定50名様限り、ご予約は急いで。`人生の舵をどう取るか?´トークショー付きの
大人気シリーズです!



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今日は、1月22日のTRAUMARISライブ、リハーサルだった。

今回のメンバーは、ギター・円山天使くん(まるさん)アコーディオン・田ノ岡三郎くん(さぶちゃん)ウッドベース・岩見継吾くん(グル)。いつものごとく、猫沢バンドリハ定番の魚弁当を食しながら、話題が`バンドの寿命について´へ移ったのだった。そこでまるさんが、粋で的を得た一言を放った。「バンドの寿命は3年。これって男女の恋に似てるね。」確かに!

これ以上続くバンドを思い浮かべれば、ローリングストーンズをはじめ、たくさんの長寿バンドがあるわけだけれども、そうゆうバンドというのは、互いの音楽性の違いからメンバー個人のキャラクターの違いに至るまで、嫌なところを見尽くした後の夫婦に例えられるかもね。まるさんは、そう続けた。だから、恋愛の初期衝動にも似た時期を抜けたあと、どうも衰退しか感じないバンドならば、3年で辞めてしまうのがいいのかもしれない…そんな話を、焼きサバだのぶりの塩焼きだのを食べながら話していたのである。

じゃあ、猫沢バンドはどうなのか?お昼ごはんの後、一服しながらぼんやりと考えてみた。猫沢バンドメンバーは最古参のまるさんが、加入14年と最長、他のメンバーも皆3年以上携わってくれているが、正確にはサポートという立場で、完全なるバンドではない。それでも、パーカッションも同時に操っている私は、フロントでありつつ、ひとりのバンドメンバーでもある。その点を見れば、ほぼバンドと言えるかもしれない。じゃあ、うちは夫婦化した長寿バンドなのだろうか?とはいえ、今までメンバーの嫌な側面を見たり、荒れたりしたこともないのだ。荒れるほど、相手に向かって物申さねば理解してもらえないメンバーは、わりとすみやかに去って頂いた。ごちゃごちゃ言わずとも、曲の真意を悟って自分のプレイを乗せることができるメンバーだけが、最終的に残った。

曲は生ものである。だから、書いたときに頭に浮かんだ映像のイメージをメンバーに伝えることはするけれど、その後、各メンバーの中で違うものへと生まれ変わるのを、私はおおいに受け入れる。だって、そうじゃなきゃ、ひとりでやれよって話だもの。音楽に限らず、なにかひとつのものを皆で作り上げる時、それぞれが同じ方向を見ていたとしても、各個人は別の人間であることを忘れてはいけない。その違いを面白がるのと、排除するのでは、出来るものの幅がずいぶんと変わってくる。私の書いた曲をそれぞれのメンバーが自分の物にしてゆく過程を、私は極力邪魔しない。言い換えれば、口出ししなくてもゆだねられる人しか、自分の周りに置かないということかもしれない。そうゆう意味では、私はメンバーにとって、意外と手厳しい恋人なのかもしれないけど。

すべてを受け入れて少々うんざりした夫婦バンドでもなく、かといって初期衝動の勢いのみでやっている恋愛バンドでもないバンド。猫沢バンドは、何にも例えられないバンドとして、これからも成長してゆくといいな。


Photo:左から、さぶちゃん、グル、まるさん。
   ちょっとグルー、こんな写真でほんとにいいの?!(笑)




posted by 猫沢エミ at 21:03| パリ 🌁| 音楽日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月18日

難し!日本モードへの切り替えスイッチ〜Liaison Live

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日本に帰ってからというもの、毎度のごとく激しい時差ぼけと日本モードへのスイッチに苦しんだ。

時差ぼけは、まあそのままの意味で身体が辛いだけだが、日本モードのスイッチは、心のスイッチで、どちらかといえばこちらの方がしんどい。そして、日本モードへのスイッチがなぜこんなにもしんどいのかと言えば、それは、ずばり日本がぼんやりした空気の国だからなのだと思う。ことに不況に陥ってからの日本は`お金がなくちゃ、なんにもできない。幸せも買えない。´という諦めムードが漂っていて、これを打破してやるだとか、今に見ていろ的な底力も感じにくい。

すべてが、24時間営業のコンビニエンスストアみたいに、手を伸ばせばそこにある、その手を伸ばせば届く範囲で生きてゆけばいいやという小さくまとまった何かを感じてしまう。世界に一歩出てしまえば、その現状維持以下の弱腰な態度を取り続けることが、国としてどんなに危険なことなのか体感してしまうというのに。私はそんなのまっぴらごめんだね。だって一度きりの人生だもの。いつだって、完全燃焼で生きてゆきたい。それはとても疲れることだけど、生きることは疲れることなのだから、本望。そんなわけで、今日も完全燃焼でリエゾンライブに臨む!

と、臨んだわけなのだけど、気持ちとは裏腹に、スイッチ仕切れない自分のテンションが、自分自身の軸をゆさぶる不安を感じてしまったのが事実。空回り、とまでは言わないが、どうもがっちり歯車が合っていない違和感を感じてしまったなあ。プロとしては情けないことなのだけど。ただ、これはいつも、自分が自分へ向ける厳しい評価なのかもしれなくて、お客さんからはとてもいいライブだったと言葉を頂いた。頂いたからまあいいや、というのではまったくない。ただ、面白いことに「今日のライブは最高だった!」と自分が思うのと、実際のライブが良かったかどうかが違うことが、ままある。

まあ、とにもかくにも、まだまだである。日々これ精進。次回は1月22日恵比寿TRAUMARISにて。ここ数日内に新情報アップしまーす。


Photo1. 今日はなんだか決意に満ちたような表情で、特に前半は歌っていたようで。。。

   2.本日のお客様たち。中央で立っているのは、イラストレーターの平澤まりこさん。

   3.スノッブ・ミウラこと三浦信くんがDJを担当!
     いかした曲ばっかりかけて、この〜〜〜。



posted by 猫沢エミ at 00:00| パリ ☁| 音楽日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月17日

ボンズール・ジャポン3周年記念パーティーとカルロス・アギーレ


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Photo:シイナカナキ

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雨が降らなくて本当によかった。しかも、湿度が低めでからりとしている。朝起きてまず思ったのは、このことだった。

今日はボンズール・ジャポン3周年記念イヴェントライブ。朝からばたばたと準備をして、2時すぎには会場となるラ・カーヴ・イデアルさんに到着。その後、編集部のはるか嬢と共に、今回PA機材を貸してくださることになった大洋レコードの伊藤さんのもとを尋ね、伊藤さんにお手伝い頂いて機材を運び込む。ところで、今日はセッティングのお手伝いも伊藤さんにお願いしたのだけど、夜は見たいライブが他にあってこちらには居られないのだという。それでピンときた。「もしかして、カルロス・アギーレ・グルーポですか?」「そうなんですよ。」やっぱり!大洋レコードさんは南米の音楽を中心としたレコード店。`今日ライブに行く´といったら、カルロス・アギーレ・グルーポ以外考えられない…と思ったのにはわけがある。実は、私も自分のライブがなかったら、ぜっっったいに行っていたからだ。

カルロス・アギーレ・グルーポを知ったのは、今年に入ってからのこと。大好きな青山スパイラルのスパイラルレコードで、いつものごとく、大量のCDを視聴していた。その中で、真っ赤な手作り感溢れる素敵なジャケットを発見。そして一聴でノックアウトだった。なんだこれは?!私の求めていたすべてがここにあるじゃないか。それが、俗に`赤盤´と呼ばれている、彼らの2枚目のアルバム`Rojo´だった。そのカルロス・アギーレが、日本でツアーをするということ、そして今日が唯一の東京公演であることは、3周年記念ライブが決まってずいぶん経ってから知った。情報は、Rojoがあんまりにも素晴らしいので、プレゼントしたら私を超えるほどのファンになってしまった、グラフィックデザイナーの真舘アニーからだった。この日、私はどうしても自分のライブをせねばならぬことを告げると、アニーは「じゃあふたりして地方公演に行こうよ!」と行ってくれたが、その地方公演すら1日を除き、スケジュールが埋まっていてほぼ全滅。どう考えても、ライブに駆けつけるには現実味がなかった。あまりの皮肉な運命に泣き死にしそうだったけど、私のライブは気にせずに、どうかアニーだけでもカルロスの生の音楽をぜひ聴いて、そして私に伝えておくれよ。と、言ったのだった。アニーは「エミちゃん、この日はカルロスに負けないライブしてさ、音楽で彼と交信しておくれよ。」と素敵な返答をくれた。

そして今日。とてもいいライブをしたと思う。おいしいラングドック・ルーション地方のワインたちに囲まれて、お客さんは皆、ゆるやかに自分のペースを保ちながら、そして私は、今持っているすべての力を出した。ボンズール・ジャポンという、とてもコアなフランス文化の情報誌は、出版不況の荒波の中で、軸を見失ってばたばた倒れてゆく大雑誌を横目に、幾度もの危機を乗り越えながらも、やりたいことだけをやる、その方針を変えずにここまで来た。これは一重に、私たちの指針を理解してご支援してくれる読者の皆様と、やはり同じくクライアントの方々のお陰であると思う。そして、編集部のメンバーと、発行人ゴトウヒロシ氏の度量とも。そんな`仲間´に囲まれて、とてもいいイヴェントになりました。心から御礼申し上げます。

私のライブには間に合わなかったが、カルロスのライブを堪能した真舘アニーが打ち上げに駆けつけてくれた。「これ!」と差し出されたものは、なんと幻のファーストアルバム`Crema´。そこにはカルロスが書いてくれた私の名前入りのサインと、GRACIAS!!!の文字が。ああ、どうしよう。気絶せんばかりに嬉しい!!グラシアス、カルロス。グラシアス、アニー。グラシアス、イデアルの皆さん。そして、今日ここへ集まってくれた人たちすべてに心からグラシアス。

http://taiyorecord.com/

Photo1. 最近、突き抜けたライブをするようになったなあと思う。
     今日のメンバーG.円山天使 W.B.岩見`グル´継吾。
     新曲`Madrigal´は、久々に書けた自信曲でした。

Photo2. これがカルロスのサイン入り`Crema´。
     
    「生ける伝説として、現代アルゼンチンを代表する音楽家の大名盤であるのみならず、
     極めて流通量が少ないため常に入手困難で長らくプレミアが付いていた本作が、
     音楽を愛する全ての良心的リスナーの注目を集める中、ついに正式に国内盤リリース。
     手作りのスリーヴ、1枚1枚手描きの水彩画(=つまり1枚1枚が違う絵/ジャケット
     になる手の込んだスペシャル仕様)まで、オリジナル盤特製アートワークを再現!
     さらに歌詞対訳、ライナーノーツを付け、これまで知られる機会のなかったアギーレの
     美しい詩の世界からその哲学の一端までを紹介します。」(Rip curl recordingsサイト
     より引用。)
    
posted by 猫沢エミ at 00:00| パリ ☁| 音楽日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月09日

大人になったからこそ、書ける曲。

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ここしばらく、頭の中で、ある曲がずっと回っていた。それは、生まれかけていた新曲で、私は曲の断片を繋いだり、崩したりしながら自分が一番気持ちいいと思うコードの進行やメロディーを探していた。

というような作曲方法は、基本的に若い頃から変わらない。曲の中核をなす印象的なフレーズは、大抵、歌詞の断片と共にひらめく。どうしてそれがひらめくのかは自分でもわからない。でも、ひらめくときは一瞬で、ひらめいてしまえば、それがこの世にまだなかった一瞬前が信じられないほど、存在の確信を持つ。確信を持てなければ、それはたいした曲じゃないってことなのだ。確信がもてたなら、その後しばらくは、ただひたすら頭の中で繰り返し回してみる。DJがレコードをかけるみたいに、何度も何度も頭の中だけで歌ってみる。すると、曲の中でいらない部分が削られて、だんだんと整理されてくる。自分の中で`上を向いて歩こう´くらい定番の曲と化したところで、はじめて楽譜に起こすのだ。その作業を昨日夜なべしてやっていた。

そして、今日は16日のボンズール3周年記念ライブのリハーサル。初めて、頭の中だけにあった曲が、バンドメンバーの演奏を通して形になる。ああ、よい出来だ。かなり、イメージ通りだ。けれど、曲はどんどん進化してゆく。ミュージシャンと何度も演奏を重ねてゆくごとに色を微妙に変えて行く。そこがまた面白いし、面白く色を変える曲は、末永く自分が愛せる、聞く人も愛せる度量のある曲なのだ。

ところで、若い頃にしか書けない曲、大人になったから書ける曲というのがある。今回お披露目することになりそうな曲は、まさに大人になったから書けた曲だと思う。曲もそうだが、若い頃にしか出せない声、大人になったから出せる声というのもある。声は老いる楽器だ。木製楽器のように、声もまた、歳を重ねると響き出す部分がある。

若い頃は、老いることがとても怖かった。というよりも、想像もできなかったから、怖がったのはどちらかというと、得体のしれない未来のことだったのかもしれない。26歳で歌手としてデヴューした私はその頃、10年後に自分が音楽を続けていられるのか?ご飯がちゃんと食べて行けるのか?ひとりぼっちじゃないのか?そんなこと、考えてみるのも怖かった。下手したら、もう死んでるんじゃないのかとも思った。それから、想像していたのよりもずっと大変なことが実際に山ほど起きて、どんどん強くなって、どんどん生きるツールを得た。そして40歳の今、思うことは、やっぱり生きることは、あの頃想像して怖がったように大変だったけれど、案外どうにか生きて、しかも楽しくやっていけるもんだなあということ。もちろん、自分ひとりの力だけなんかじゃない。だけど、ひとまず私は生きている。そして、ちゃんとその先もあると思えている。なかなか大変だったけれど、なかなかいい30代を過ごした証拠だろうね。

そんな私が、この歳だからこそ書けた新曲、ぜひみなさん聞きにきてください。

http://bonzour.shop-pro.jp/?pid=22900534



Photo.本日のリハ−サル風景。ベースのグルこと岩見継吾くん、ギターのまるさん
   こと円山天使くん。このふたりにかかれば紙の上のただの音符が、あっと
   いう間にうごめく絵画へと変化する。





posted by 猫沢エミ at 23:17| パリ | 音楽日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月02日

リエゾン −人と人が繫がる場所

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昨日、渋谷に新しくオープンした、友人・周宝さんのお店`リエゾン´のオープニングライブ。

こうした初ライブのことを、日本語では`柿(こけら)落とし´と言うけれども、広辞苑によると「工事の最後に屋根などの木屑を払い落としたところから、新築劇場の初興行。」ということなのだそう。今後、たくさんの素敵なライブが行われるであろうこのお店。しかし、こけら落としは一度きりなのだから、それに選ばれたことはとても光栄で、同時にとても責任重大だなあと思う。けれど、今日は楽器を積んで家を出るときから、きっとものすごく楽しくていい夜になると予感していた。理由はわからないけれど、そんな気がしたのだ。その予感通り、今までしてきたたくさんのライブの中でも、なにかこうちょっと特別なテンションで、歌っている最中深い幸福感に包まれた。それは、来てくださったお客様と、リエゾンスタッフ温かい気持ちのおかげなのか、昨日オープンしたとはとても思えない、良いこなれた雰囲気を醸し出すリエゾンのせいなのか(周宝さんの蔵書が並べられたりしていて、まるで10年前からここでお店やってます!みたいな雰囲気なの)?多分、その両方なのだろうな。ちょっとこっぱずかしいけど言ってしまえば、愛を感じたのだった。ああ、こんなにも温かい大きな愛情に包まれているなあ…そんな気持ちが、いい歌と演奏に繫がった。そう、フランス語で`つながり´を意味するリエゾン。これからもきっと、たくさんの人と人を繋げてゆくのだろう。

ところで、昨日久しぶりに車で渋谷を走ってみて、その衰退ぶりにちょっと驚いた。パルコ2は閉館してしまうわ、HMVしかり。90年代、絶頂の渋谷文化を駆け抜けたひとりとしては、寂しいかぎりなのだけど、そんな中、リエゾンがオープンしたことは喜びにたえない。私の変わらぬ踊り場、オルガンバーもすぐお隣だし。そういえば、少し前のニュース番組で、オルガンバーの店長・飯本くんが、渋谷のこれからについてインタヴューを受けていたなあ。「90年代の渋谷を知ってる僕たちが、これからの渋谷を作って行くんです!」といった、力強い内容の。

時代は巡る。途絶えてしまえば、そこで終わりだけれど、続けてゆけば、かならずまた勢いのある時代は巡ってくるのだ。それは、自分自身にも言えること。だから、続けよう。大小は関係ない。誰かの考えることも、流行も、うつろいやすいもの。自分が信じることを、自分自身が応援し続ける。一日一日、信じたものを続けて行こう。


PS/周宝さん、金井くん、そしておいしいお料理を作ってくださったシェフの鯨井さん、
  ありがとうございました!リエゾンは、ランチも始めるそうです!鯨井さんの作る、
  マクロビオ系からがっつりお肉系まで網羅されたお料理はおすすめ。
  渋谷にお越しの際には、ぜひリエゾンへ!

  http://www.liaison-cafe.com/

  
 Photos.岩井信



posted by 猫沢エミ at 00:00| パリ | 音楽日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする