2010年03月13日

本日、ライブリハ最終日。そして、ピキはごろんちょ。

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あさってに下北沢440でのバンド編成ライブを控え、朝から慌しくリハーサルの準備。今回は、トロンボーンとヴァイオリンを加入する新しい編成なので、楽譜を起こしたり、アレンジを考えたり、かなり時間のかかる準備となったが、ここ数年、そうした新しい試みができないでいたので、楽しみなのと少しのプレッシャーを感じる。リハは、前回よりも格段によいまとまりを見せ「よし、いけるな。」と勇気がわく。リハの後、楽器を車に積み込んで、明日の朝の準備の負担をなるべく軽くする。440でのライブは、昼間が主なので前日に準備をあらかた終えてないと、体も心も厳しくなっちゃう。私の場合、企画立ち上げからオーガナイズまで、ほぼひとりでこなさねばならぬので、音楽だけに集中…という環境でないことがときたまとても大変なのだけど、逆に、裏方の仕事を知って舞台に立つというのは、とても大切なことのように思う。‘初心忘するべからず’な点から言っても。


ピキ、本日はソファでごろんちょ。あら、おなか出して爆睡ですか。母、結局朝方までライブの準備。これ以上睡眠時間を減らしては、声が出なくなって本末転倒だわ。はやく寝なくっちゃ。
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2010年03月12日

数えなくてもいいもの。

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 朝方やっと床についたもので、起きたら10時を回っていた。ピキが「ごはんちょうだい!」と元気に枕元へやってくる。あら、調子がいいみたいだね。ピキが元気だとママも元気だよ。

 ピキのごはんと薬をすませてから、夕べ縫い上げた100枚ほどのポストカード袋に、できあがってきたばかりのはがきを丁寧に入れる。パンチで穴をあけて、二股になった真鍮の留め金具をつける。この金具は、本来紙で作った時計の針を留めるもの。(そうすると、時計の針がくるくる回る。お店の営業時間の紙時計なんかに使われているのかも。)ラフィアやボタンなどいろいろな留め金具を探してみたが、なんだかどれもファンシーになってしまう。甘すぎるかわいさは、私にとって魅力的じゃないんだよな。そっけないくらいシンプルなものに、ほんのちょびっとだけかわいさを感じるのが好きなんだよな。なんて、ぶつぶつ考えながら、この金具を見つけた。他にも何か(リボン、ひもなど)をつけてみようか?あまりにもこれではシンプルすぎるか?なんて考えてもみたけれど、やっぱり、何かちょっと足りないくらいがいいのだよなと思い、これで完成とする。

 この作業中も、昨日に引き続き、ミニマル音楽の神、スティーヴ・ライヒをエンドレスでかけていたので、ピキは静かなあっちでお昼寝。たまに寝顔を見にゆく。

 ああ、この顔を今まで何万回見てきたのだろう。キスをするたび、今までピキに何回キスしたのだろう、数えておけばよかった…と思う。思いはするが、たぶんカウントなんかしていたら、その瞬間の喜びが激減してしまうから、数えなくていいことが世界にはたくさんあるのだと思う。ライヒの音楽みたいに、愛情の反復が生み出したピキと私の時間。それは、永遠に終わらない曲のように、いつも聴こえる。

★ピキ、2003年11月6日 in Paris.

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2010年03月10日

アラーキーの愛猫のごとく

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ピキの容態がすこぶる落ち着いている。相変わらず精彩には欠くものの、
このまますっかりよくなって、アラーキーの愛猫みたいに長生き
してくれるんじゃないかと自然な期待に胸が躍る。

いや、そうやって今までも何度も波を繰り返してきたから、今度こそ気を抜かずに薬を飲ませ、とにかくピキが一番楽な環境つくりをしてあげたいと切に思う。ただ、もしかしたらだめなんじゃないか…という不安も、ときどき押し寄せる。

頼むよ、ピキ。まだあっちの世界に行かないで。
ママは、お前が思うほど本当は強くないんだ。

終日、こまごました仕事とライブの準備。

★2006年3月18日 in Paris ピキ

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2010年03月09日

撮りたくとも撮れないの

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 最近、ピキの写真を撮りたくともなかなか撮れない。彼女はすぐそこにいて、まるくなっていたりするのだけど、具合の悪そうなときに、カメラを向けるのはやっぱり忍びないのである。もし、私がピキだっら…と考えると、やっぱり手がとまる。

 ブログを書いたり写真を撮ることがとても一般的になった昨今だけれど、今、この瞬間、余計なことをせずに人生をしっかり見届ける、ということを最優先に考えれば、やっぱり、毎日がブログ主体になるのは、ちょっと不自然な気もする。とかいいつつも、まだブログというものがこんなにも広まる前、2001年から日記を書き続けている私は、何度かこうゆう悩みに出くわした。そして、今回はカメラを向ける、ということにとても抵抗を感じるわけだ。

 先日、人形町の古くからある洋食屋さんに出かけた際、気軽な気持ちでカメラを出したところ、お店の片隅に「ブログ、写真おことわり。」という張り紙を見つけ、静かにカメラをしまいこんだ。その気持ち、とてもよくわかる。と、思った。あまりにも情報が氾濫してしまい、ネットのグルメサイトもまるで当てにならなくなってきた今日この頃。「いいことも悪いことも、とにかく勝手に書かれるのはいやなのよね。」店のおかみさんはそう言った。確かに。一昔前は、小さくともこうした‘取材’は、プロの仕事だった。それが、誰でも出来るようになって、個人の表現の自由は格段に広がった。しかし、プロだろうが、素人だろうが、そこには取材をした人の主観が入り、批評もともなうのは致し方ないのだけど、最低限のマナーは守りたい。取材することを生業のひとつとしている私は、日々こうした小さな場面で、初心にかえるようにしている。

 ピキもね、自分の所有物じゃないんですよ。彼女には彼女のエリアがあって、人生がある。だから、写真を撮りたくとも撮れなければ、心のシャッターを切るまでだ。

★2003年6月23日ピキin Paris 写真。
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