2011年07月22日

Graffiti for Japan ~6月22日(水)La Fonderie de l’imageでの日本復興支援ソワレ


7月22日(金)朝7時15分よりJ-WAVEのジョン・カビラさんの番組にて「Graffiti for Japan」の活動状況が生放送されます!(東京、神奈川、千葉、埼玉のみ) インターネットラジオでもお聴きになれます!http://www.j-wave.co.jp/


Enchanté!SARAVAH Tokyo −猫沢エミライブ@サラヴァ東京 2011 年7月30日(土)1年半ぶりのフルバンド編成ライブです。ご予約受付中♡




7月7日。すったもんだのあげく、七夕の日に予定より1週間遅れで帰国が叶った。というのも、実は震災の影響が色濃い。まさか、こんなところで震災の余波があるとは夢にも思わなかったのだが、ボンズール・ジャポンのスポンサーであるエール・フランスが、震災後、日本行きの乗客減を見越して機体を従来就航しているものよりも小さなサイズに変更したため、予想外の大混雑となってしまった。(現在では解消されているので、ご心配なく!)私個人だけの問題ならばいざ知らず、結局TRAUMARISでのライブは延期となり、他各所にもずいぶんとご迷惑をかけてしまった。帰国に関しては、フランス側から出来る事はすべてトライしてみて、それでも最速が1週間遅れという結果だったから、致し方なく私は頭を下げて回るしかなかった…とまあ、このあたりのことと、パリの後半での出来事は、今目の前にある怒濤の締め切り&玄界灘を越えてからゆっくりリポートしますので、しばしお待ちくださいね!


そんなわけで、今日は私が所属するパリのグラフィティーチームMac-graiffitiが毎年開いている大規模な国際エクスポジションKOSMOPOLITEのプログラムの中に組んだ日本復興支援イヴェント`Graffiti for Japan´の活動について、何度かに分けてリポートしたい。

3月11日の震災直後、誰よりも早く私の安否心配して連絡をくれたのが、Mac-graiffitiとパリの友人たちだった。「頼むから、生きているかどうかだけでも返事をくれ。」パリだけでなく、世界各所に居を移してアーティスト活動をしているメンバーからは、毎日のように真摯なメールが届いた。その後、連日の余震が続く中、私はひとつの要望をMac-graiffitiの主要メンバーに出したのだった。「日本のために、何かメッセージが欲しい。壁画でもいいし、キャンバス画でもいい。とにかく力となるような作品をパリで制作してはもらえまいか?」と。それからしばらくして、パリでモード関係の仕事を営む親友、杉本佳子とMac-graiffitiの主要メンバーが、今年KOSMOPOLITEのプログラム内で日本復興支援イヴェント`Graffiti for Japan´を立ち上げたという知らせをもらった。

彼らが考えた支援プログラムは、今年のKOSMOPOLITEに参加予定の世界各所の招待アーティストと、Mac-graiffitiとつながりの深い世界を代表する有名グラフィティーアーティストたちに、ひとり1枚キャンバス画を制作してもらい、それを売り、売り上げのすべてを日本赤十字に寄付するというものだった。(参加アーティストはSPEEDY GRAPHITO /TILT/T-KID170他多数)ちなみに、ストリートアートに分類されるグラフィティーアートは、海外ではすでに広い市民権を得て、この分野でのコレクターも数多く存在する。普段、グラフティーアーティストの作品に興味を示すのは、こうしたコレクターが中心となるわけだが、私たちが望んだことは、グラフィティーという限られたイメージの門戸をもっと広げて、ポップアートや現代アートにも興味のある人たちや、アート全般に興味のある一般の人たちへアプローチすることだった。そこで、佳子の関わるモード業界の人々を中心に、普段あまりグラフィティーと接触のない人々を招くためのチャリティーイヴェントを企画した。それが、6月22日(水)バニョレのLa Fonderie de l’imageで開かれた、ライブや日本食の立食パーティーを兼ねたキャンバス画を販売するためのソワレだった。

しかし、この準備は過酷を極めた。まず、無料提供してくれる会場探しからして難しい。最終的にMac-graiffitiと以前からつながりのあったLa Fonderie de l’imageが受けてくれたわけなのだけど、このネゴシエーションを含む様々な企画準備を佳子と、Mac-graiffitiおよびKOSMOPOLITEの現リーダーLAZOOが進めてくれた。この準備前段階の頃、私はまだ日本にいて、彼らと連絡を取りながら、日本でできることを進めていた。東京という遠隔の地で、私ができることは限られていたのだが。その中のひとつが、このソワレに人を呼ぶためのプログラムとダイレクトメールに使用できる被災地写真を借り受けることだった。

当初、具体的な被災地の写真を載せるというアイディアは私たちにはなかったのだが、遠く離れた、しかも地震が基本的にないフランスの人々に、ありのままの現状を訴えかけるために、写真が必要なのではないか?とメンバーは思い立った。そこで、フォトグラファーの友人、知り合いの多い私が動いた。そもそも、震災直後の被災地に入って撮影をしていたのは、新聞社や雑誌社のジャーナリスト系フォトグラファーがほとんどだったと思う。この場合、写真の所有権は各出版社のものになるだろうから、理由は何にせよ、借り受けることは非常に難しい。当初、週刊誌の編集部にいる友人に相談しようかと考えたが、これは難しいとすぐさま判断し、個人的なフォトグラファーの友人に相談し、紹介してくれたのが、今回、100点以上の写真を無料で貸すことを快諾してくださった、フォトグラファーのHARUKIさんだった。

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Copyright:HARUKI-Self portrait 被災地にて


彼は、震災2週間後という非常に混乱を極めた最中、自費で被災地を周り、一万点もの貴重な写真をカメラに収めた。HARUKIさんは言った。「友人のフォトグラファーとふたりで巡っていたのだけど、車の中では馬鹿なことばっかり言ってたよ。そうしないと、気が狂いそうだったんだ。」HARUKIさんの写真は、ジャーナリスト系フォトグラファーの撮る写真とはあきらかに趣の違うものだった。破壊されつくした風景が、されつくした後にあたかも再構築された新しい世界のような、哀しみと美しさに満ちていた。こんなにも胸を打つ写真を私は見たことがないと思った。

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Copyright:HARUKI-宮城県女川町

写真を見たメンバーも同じ感想だった。しかし、HARUKIさんと1万点もの写真から、使う写真を選ぶのは苦しかった。精神的な打撃が大きく、私たちはたびたび休憩を取り、酒を呑んだ。でないと、続けられなかったのだ。ぎりぎりのスケジュールにも関わらず、こちらの都合に最後まで付き合ってくださったHARUKIさんの大切な写真データを持って、私はパリに飛んだ。その写真たちは、最終的に、このソワレでプロジェクション上映と義援金募金のためのポストカードという形になって意味深い貢献をもたらした。

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Copyright:HARUKI/Photos:Mika Inoué


そして、このソワレで私はライブをした。この日の10日前に、また別の日本復興支援アソシエイション`HOPE AND LOVE FOR JAPAN´主催のライブに、TAHITI80などと共に出演していたのだが(この模様も、また後日リポートします!)このときメンバー探しから本番まで1週間という前人未到のバンド作りをしていて、そのときのバンドメンバーが今回も中心となってライブをすることができた。ちなみに、どの国のどの復興支援活動でもかならず直面することだと思うが、こうした活動はほとんどがボランティアで、それに携わる人によほど時間とお金に余裕がないと、特に体力的に厳しくなる。私ひとりをとってみても、普段からびしびしの状況の中、それでも時間を絞り出してこうした活動をしているから、その現状は痛いほどよくわかる。それでもやらねばならぬ。

私の場合、立ち上げたメンバーなのだからそんな状況は当たり前なのだが、今回も参加ミュージシャンにノーギャラで参加してもらうことを承諾してもらったものの、やはり彼らもごはんを食べて行かねばならぬ身だし、ミュージシャンに留まらず、関わった人すべてが自分自身にごはんを食べさせながら、個人の人生を構築させながら、活動するのである。それが、人を助けるという現場なのだとひしひしと感じる。だからこそ、この活動に賛同してくれた人たちには深い感謝の気持ちに絶えない。もちろん、仲間たちにも。

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Photos:Mika Inoué

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Photos:Mika Inouéーアコーディオニストの田ノ岡三郎くんも日本から駆けつけて参加してくれました!感謝♡

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Photos:Mika Inouéーアルトサックスはパリ在住ミュージシャン・仲野麻紀さん

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Photos:Mika Inouéーギターは、パリ在住ブラジル人ミュージシャン・ラメック

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Photos:Mika Inouéー今回、メンバー集めなど多大な協力をしてくれた、ドラマーのアドリアン

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Photos:Mika Inouéーベーシストは、Mac-graffiti創立メンバーで、元プロのミュージシャンでもあるラグタイム


巨額の寄付は私には出来ない。けれど、気持ちと併せて故郷・福島と東北の人たちにわずかばかりでも力とお金を送りたいのである。`Graffiti for Japan´の活動はまだまだ続く。アーティストたちから託されたキャンバス画を、引き続きより良い形で売り、義援金を集めるために。簡単なことではないけれど、それでも私たちは続けてゆく。積載する日々の個人的な様々な悩みを抱えながら、自分の人生と平行して、今もなお、絶望と戦い続ける北の人々へ、エールを送り続ける。震災直後のショック状態から立ち直ってゆく日本、そして諸外国の、この未曾有の悲劇に対する見方がじょじょに変わって行くことを誰も止めることはできないだろう。それは、未来に向って歩き始めた日本の兆しでもあると同時に、関心が薄れてゆく側面をも合わせ持つ。特に、フランスをはじめとする諸外国の関心の薄れ方は、問題のどまんなかにいる日本とは比べものにならないほどスピードを増している。だからこそ、やらねばならぬ。`Graffiti for Japan´に携わる佳子や私のように、日本人でありながら、海外で直接の活動ができる人は限られている。その限られた人しかできないことが、きっとあると、私たちは信じている。

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Photos:Mika Inouéー杉本佳子と、メディア広報担当のヴァネッサ。後ろにあるのが、アーティストたちによるチャリティー・キャンバス作品

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Photos:Mika Inouéー会場の設営には、アーティスト自らも多く参加してくれた。

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Photos:Mika Inouéーソワレの様子

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Photos:Mika Inouéーソワレで振る舞われた日本食は、パリ在住料理家の矢口美奈子さんによるもの。

*  *  *  *  *  *  *  *  *

HARUKI-HP
http://www.harukiphoto.com/
* 今回写真を提供してくださったフォトグラファー、HARUKIさんのサイト。

KOSMOPOLITE2011-Graffiti for Japan
Kosmo 1
http://www.youtube.com/watch?v=Zugb7cxTAks&feature=related
Kosmo2
http://www.youtube.com/watch?v=woXQ-8kwfmU&feature=related
* KOSMOPOLITE2011-Graffiti for Japan共に参加してくれた、ブラジル人
グラフィティーライターBinho作成の会期中のビデオ映像!

OAOFB-Graffiti for Japan
http://www.oaofb.com/en
* フランスのビジュアル制作会社、OAOFB制作によるGraffiti for Japanの
ルポルタージュビデオ映像。杉本佳子、LAZOOのインタヴュー映像が含まれています。

J−WAVE
ALC GLOBAL FRONTLINE

7月22日(金)朝7時15分よりJ-WAVEのジョン・カビラさんの番組にて「Graffiti for Japan」の活動状況が生放送されます!
(東京、神奈川、千葉、埼玉のみ) インターネットラジオでも
お聴きになれます!http://www.j-wave.co.jp/


J-WAVE をお聴きになれない地域の方、アーカイヴ放送をお聴きになりたい方は…
http://www.j-wave.co.jp/original/tokyounited/ のALC GLOBAL FRONTLINEを
選択して、ポットキャストで無料ダウンロード!





posted by 猫沢エミ at 00:57| パリ ☁| グラフィティー&MAC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

Love♡無印不良品

チケット残りわずか!お急ぎください!
Quand la femme tient la barre de sa vie N°2−猫沢エミライブ&トーク@TRAUMARIS  2011年1月22日(土)
限定50名様限り、ご予約は急いで。`人生の舵をどう取るか?´トークショー付きの
大人気シリーズです!



ご存知の通り、私はいろんなことをいろいろやって生きている人なのだけども、日本ではあまりやらず、主にフランスでやっていることもある。それが、グラフィティーライティングを含む、絵の活動。

日本でも、もっとやりたいし、小さなお仕事は受けているものの、環境がなかなか許さないところが多い。パリで所属しているMAC-graffitiは200平米のアトリエを持っていて、2万本のボンブ(スプレー缶)を所有している。アトリエの家賃は、パリの東にあるバニョレ市の提供で無料。(毎年、年間活動計画を出して、予算をきちんと市と話合って決めている)ボンブはモロトフ他、ボンブメーカーのスポンサー提供で賄われている。なんていう環境が、芸術にますます理解を示すのが厳しくなる日本で望む方が無理、という気がしないでもない。特にストリートアートと呼ばれる分野のものに関しては。それでも、日本にも素晴らしいライターがたくさんいるし、この環境の中でもたびたび目を見張るような展覧会が開かれているから、潜在的なパワーはすごいものがある。

先日、MAC主要メンバーのラズーから「俺たち、今年で発足25年だから、それを記念してビデオを作ってみたんだ。」とメールがやってきた。ええ?!うちって、25周年なの?!と、実はびっくり。私がMACに入ったのは2003年だから、加入7年目の新参者の部類に入る。ちなみにラズーは「俺は17年だなー。」ええ?!ラズーすら発足メンバーじゃないの?!と、いろいろ驚いてしまった。

ところで、私がMACと出会ったことは、人生の中でもベスト10に入る幸せな出来事だったと言える。それは、絵の世界がいきなり広がったのもさることながら、一番の幸せは、不良の世界の仲間入りが出来たこと。あら、誤解したり引いちゃったりしちゃいけませんよ。不良というのは、夜の校舎の窓ガラスを割って歩くだけがノウじゃありません。

私は10代20代と、ある意味、とても優等生だった。その反面、ずっと不良に憧れていたフシがある。私が思う不良とは、年代に関係なく、やりたいことを死ぬまで貫き、そのやりたいことで繫がった強固な仲間がいる人たちのことだった。そして`年相応´なんて言葉は関係のないところで、一生若く、自分でいる人たちのこと。己がありすぎて、日本では何かにつけて`所属´できなかった自分。バンドすら経験せずにソロでデヴューしてしまった経歴ひとつ見ても、私は根っからの一匹オオカミだと思い込んでいた。しかも、優等生なところばかりが全面に出た。寂しくて満たされなかった気持ちは、MACに出会って、彼らが直感で私を受け入れた瞬間に満ち足りはじめた。

そうだ、私はこのバランスをずっと求めていたのだ。アカデミックと不良の大きな振れ幅。それこそが、私の求める真の不良。死ぬまで貫ける大人の不良道!なんてかっこいい!そうゆうわけで、私は勉強を一生怠らず、邁進を続ける不良として、これからも生きてゆこうと思います。(笑)



●THE CONRAN SHOP JAPAN-BEST BUY !

2005年、日本・香港などで開催されたMoleskine展覧会。当時、MAC-graffiti メンバーのひとりとしてフランスから逆参加(?)した、私の作品が、このたびザ・コンランショップにて再び展示されることになりました。当時のように、観覧者が直に作品へ触れる形で展示されるのか、まだ詳細は不明ですが、2005年に見逃していた方は、ぜひご覧ください!詳細がわかり次第、また、このブログでお知らせします。

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このとき描いたモレスキンノートまるごと1冊作品`Il y a 100ans´の中でも、
こっそりと一番のお気に入りがこれ。`Sphinx´ースフィンクスがここでずっと
墓守しているのはさぞ飽きるだろうな…という発想から。(笑)

THE CONRAN SHOP JAPAN-BEST BUY !
開催場所:ザ・コンランショップ新宿本店
開催期間:2011年2月3日(木)〜3月15日(火)5weeks.


●MACREW(MAC-graffiti)25th Anniversary

MACの25周年を記念したビデオ、ご覧ください!
http://www.facebook.com/video/video.php?v=1677497631136&comments

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MAC全員が集合している写真って、意外とないんだよなあ。
こちら、左からMACの映像作家ゴーコン、ラズー、そして
現在香港で活動中のチート。世界中に散らばったメンバーが
インターナショナルな活動をさらに広げている。



posted by 猫沢エミ at 21:12| パリ ☁| グラフィティー&MAC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月05日

酔いどれ実況中継

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今、これを書いている私はしたかかに酔っている。本来ならば、キーボードを打てないほどにべろべろである。しかし、私はチャレンジャーだ。だから、あえてこの、どうしようもなく酔っぱらっている状況で、ナニが書けるかやってみるんである。

ちなみに、どうしてこんなにも酔っぱらっているかと言えば、今日はなかなか大変な仕事が朝からあって、すこぶる疲れた状態で早めにアップしたので、Oと共に、築地のいきつけの立ち食い寿司屋に行ったのである。最初は、ビール生小を軽く一杯のつもりであった。ふと、カウンターの先を見ると、緑色のパイユシャポーをかぶった品の良い老紳士が日本酒を飲んでいて、あまりに楽しそうだったので、つい、「日本酒!」と頼んでしまった。そこから、楽しい宴が始まった。時刻はまだ16時をまわったところ。世間では、とても遅い昼ご飯を取る方もいるくらいで、私たちは、社会的に見れば相当のダメ人間と化したのである。ところが楽しい。人と出会うことは、生きていて楽しいと思える最大の出来事である。その上、ムッシュは粋だった。ゲコのOは、そんなふたりのダメっぷりをこれまた楽しそうに眺めている。酔っぱらいというのは、節度があれば愛らしいものだ。私たちもきっと、愛らしかったのだろう。そして、よたよたと家に帰った。

酔っぱらっていたものの、PCを立ち上げたら、パリのグラフィティーチームメンバーからスカイプが入った。「私、しこたま酔ってるけど、こんな姿見る?」という質問の後「な、なんで?!今日は、祭りだったの?」という質問。ええ、ええ、人生アル意味、いつでも祭りですよ。ということで、TV電話でアトリエの様子が映し出された。時刻はパリ時間、10月5日、正午。リーダーのコンゴ、映像作家のゴーコンもやってきて「元気か?」。ええ、ええ、元気ですとも。私は11月にはおまいらのところに行くからな。覚えてろよ、と言ったか言わなかったかはもう忘れた。

しかし、今日は寿司屋で出会ったムッシュTの、初老ならではの憂いと、優しさと、奥ゆかしさにしびれた。人間、深くなったものの勝ち。そういうわけで、私もそろそろおいとまします。。。。

Photo.世界は便利になったものだ。オンタイムのパリの様子(正確には、パリ郊外バニョレ)と
   当たり前のようにつがっちゃうんだもん。それにして、酔っぱらいでも結構文章かける
   じゃない。こりゃ発見だ。笑




posted by 猫沢エミ at 19:49| パリ ☔| グラフィティー&MAC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月18日

世界のどこにいても、会うべく人には出会うもの。

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あっという間に、帰国2日前になってしまった。楽しい時間はいつも早く過ぎるもの。とはいえ、パリに関しては、滞在が2ヶ月だろうが3ヶ月だろうが、きっとあっという間に過ぎてしまうのだろうと思う。

仕事をして、仲間とつるんで、街の匂いを感じて、友達と馬鹿やって。そう、パリ一番の馬鹿友達よちことは、今回あんまり一緒に過ごせなかった。私の滞在の後半、よちこに大きな仕事が入り、ロンドン出張に行くことになり、その後もパリでずっと忙しい時期が続いていたから。久しぶりに会えたのは昨日のことで、彼女の留守の間、よちこの家で預かられている猫のけいちゃんを毎日面倒見に行った。よちこのいないアパルトマンに行くのは寂しかったが、猫のけいちゃんを毎日同じ時間に見舞うのは、思った以上に嬉しいことだった。けいちゃんを見ると、無論、ピキを思い出す。思い出しはするが、やっぱりけいちゃんはけいちゃんでピキはピキなのだと思うことが、今ならできる。ピキはパリで暮らし、その後生まれ故郷の日本で素敵な猫生をまっとうした。今はピキを亡くした哀しみよりも、ピキの猫生を豊かなものに出来た喜びの方がはるかに大きい。それは心の中で大きな宝石となって輝いている。
 
さて、今日は夕方からよちこの家にお邪魔して、ゆっくりご飯を食べて、けいちゃんに帰国前のさよならを告げた。真夜中近く、MAC-graffitiのアトリエから電話があって、日本人の男の子が遊びに来ているから、来いよとの誘いだった。薄ら寒い夜で、疲れてもいたが、みんなにも挨拶がしたかったから、のこのこと3番線の終点ガリエニまで行き、暗い郊外の道をてくてくアトリエに向かった。

アトリエには、ベルギーからやってきたライター仲間がたくさんいて、がんがんビールを飲んで楽しそう。その中に、ひとりきれいに白いシャツを着た日本人男性が。それが、今井タカシくんだった。彼は日本のスニーカーブランド‘MADFOOT’のデザイナーさんで、聞けばその昔、私と同じ日本コロムビアからCDデビューしているラッパーだったという。レーベルこそ違えど、先輩じゃないですか!!と、感動。だって、こんな真夜中に、しかもパリ郊外のバニョレで日本の先輩に会うなんてめったにないことだもの。そもそもタカシくんがなぜうちのチームを尋ねてきたのかといえば、私やMACの共通の友達で日本人グラフィティーライターのTABOOが、「パリに行くなら、MACに会うといい。」と、タカシくんにラズーの連絡先を教えたのだとか。タカシくんは、200平米のアトリエや、アーティストがのびのび過ごせる環境や、私たちのフレンドリーな雰囲気がとても気に入ったようだった。パリで、しかもMACのアトリエに来てくれる日本人の友達は、大抵東京へ帰った後も、よい付き合いが続く。タカシくんもきっといい友達になるに違いない。世界のどこにいても、出会うべくして出会う人は、必ず出会うものだとTABOOに感謝しつつ、ノリノリの深夜パーティーを楽しむ。

★Photo1.少し前に前髪を切ったよちことけいちゃん。次に来る時まで
    元気でいておくれ。

 Photo2.MACのアトリエにて。なんか、楽しかったなあ。

posted by 猫沢エミ at 00:00| パリ ☔| グラフィティー&MAC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月06日

レッツ★グラフィティー

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 昨日の昼間、メトロ3番線の終点駅にあるガリエニ(地図的には、パリ郊外バニョレ)のアトリエ(*)に、チームメンバーが預かってくれているモトベカンを取りに行く。土曜日の昼下がり、メンバーのラズーが6歳になる愛娘を連れてきていて、数人の子供たちもいた。

小学生くらいの男の子が、ラズーの手ほどきを受けながら、初めてボンブ(カラースプレー缶)を使って、壁にグラフィティーを描く‘こどものためのグラフィティー教室’が突然開催。あー…私も初めてやったときは、あんな風に線がよれよれだったっけなあ…などとなつかしさに浸りつつ、子供たちが楽しそうに描くのを見て、「やっぱり日本は、生活に自然なかたちで根付いた芸術文化環境が足りない!」と改めて思う。だって、パリは幼稚園児の遠足先がカルチエ財団現代美術館で、観賞するのは、アニエス・ヴァルダの個展だよ!!今、目の前でしゅうしゅうボンブが動いている、このグラフィティー教室を見ても、芸術が、ただ美術館の中に押し込められたものではなく、生活の中で、あたりまえのように存在するものなんだなあと思う。

 しかし、フランスとてグラフィティーは、やはり表舞台のトップには立っていない。でも、日本に比べれば、その活動の自由度、世の中の認知度は格段に上だ。昨年の5月には、アラン・ドミニク・ガリジアのグラフィティーコレクションがグラン・パレで開催され、益々グラフィティーというストリート・アートは、他の現代美術と肩を並べつつある。

 わがチームMAC-graffitiにも、すばらしいアーティストが多数いる。ちょっとご紹介。グラフィティーなんか知らないわ、といわずに、ちょっと覗いてみて。

○Alex
  http://www.alexlesite.com/
写真を超えた模写を主体とする、素晴しいグラフィティーアーティスト。

○Lazoo
  http://www.myspace.com/lazoo1
キャラクターを生む天才で、CDジャケットや様々なメディアで活躍する実力派。

○Gilberto
その昔、アトリエでバナナを奪いあった同朋、ジルベルト(笑)日本のCMでも彼の
絵が使われている。
http://www.nissan.co.uk/#vehicles/crossovers/cover/home/whereitbegan/layer1/hp1/media1

↑こちらは、フランス日産が、MAC-graffitiのチームリーダー・コンゴ、ジベ他7人のアーティストによるグラフィティーアートと車の融合を目指した、すごくクールなHP。
*トップページを最後までお待ちいただくと、横一列の作品欄が出てきます。その一番左‘STAGE1’をクリック。彼らの作画風景をドキュメンタリーでご覧になれます。


(*)私たちのグラフィティーチーム‘MAC-graffiti’は、バニョレ市からの援助が入った
 作画用200uアトリエを持っている。そこで、日々作品が生まれ、ときには仲間とパーティーをしたり、人との出会いもある。私のパリのコンガをここで預かってもらっているのもあり、ときどきライブのリハーサルをしたり、コンガが作画のBGMにもなったりする。


★アトリエの外観。
★子供たちがラズーのTAGを描く様子を真剣に見ています。
posted by 猫沢エミ at 00:00| パリ ☁| グラフィティー&MAC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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